実力主義と多様性は、本来対立するものではありません。矛盾が生じるのは、業績目標と属性の比率目標が別々の経路で現場へ降り、どちらを優先するかの判断が管理職に丸投げされているためです。

さらに、実力主義を掲げること自体が偏りを弱めるとは限らないことが、研究で報告されています。掲げるだけで運用を点検しない組織では、むしろ偏りが強まる可能性があります。本記事では、この知見をふまえて評価の運用を点検し、2つの目標を1つの設計にまとめる手順を示します。

実力主義を掲げた組織ほど偏りが強まるという報告

Emilio J. Castilla と Stephen Benard は、論文「The Paradox of Meritocracy in Organizations」(Administrative Science Quarterly, 第55巻, 2010年)で、組織文化が実力主義を促進している場合(そうでない場合と比べて)、管理職が従業員の業績評価を報酬などのキャリア上の結果へ変換する際に、同等の業績を上げた女性よりも男性を有利に扱う偏りをかえって強く示しうるという主張を立て、実験で検証しています。著者らはこれを「実力主義のパラドックス」と呼んでいます。

論文のアブストラクトによれば、検証は管理職経験のある参加者445名を対象とした3つの実験として行われ、参加者は複数の従業員プロフィールについてボーナス・昇進・解雇の推奨を行いました。評価対象の従業員の性別と、その会社の中核的価値観が評価・報酬において実力主義を強調しているかどうかが操作されています。3つの研究を通じた主要な発見として、組織が明示的に実力主義を掲げているものとして提示された場合、管理職の立場にある個人は、同等の資格を持つ女性従業員よりも男性従業員により大きな金銭的報酬を与えたと報告されています。

この結果の意味を、実務の側に落とすとこうなります。

  • 「当社は実力主義だから偏りは無い」という前提そのものが、点検を止める働きをする
  • 偏りは評価の点数ではなく、点数を報酬や昇進へ変換する段階で現れうる
  • したがって、評価基準を精緻にするだけでは足りない

点検すべきは、評価の入力(基準)ではなく出力(同じ点数がどう処遇に変わったか)です。

現場で矛盾が起きる経路

経路1:2つの目標が別々に降りる

業績目標は事業部を通じて、多様性の比率目標は人事を通じて、それぞれ別に管理職へ届きます。管理職の側では、どちらを優先するかの基準が示されないまま、両方の達成を求められます。

短期の業績を最大化するには、実績のある人に業務を寄せるのが合理的です。比率目標を満たすには、経験の浅い人に機会を配る必要があります。この2つは、同じ四半期の中では両立しません。 判断基準が無ければ、管理職は決定を先送りします。

経路2:測っているものが「結果の比率」だけになる

比率だけが測られると、達成の手段は配置の操作に寄ります。機会が配られたかどうかは測られないため、配分の偏りは温存されたまま、出口の数字だけが動きます。

経路3:評価点と処遇の対応を検証していない

前掲の研究が示すのは、同じ評価点が同じ処遇に変換されるとは限らないということです。ところが多くの組織で検証されているのは評価点の分布までで、そこから先の昇給幅・賞与配分・昇進の決定は個別の判断に委ねられています。

自社の状態を点検する4つの数字

矛盾が起きているかどうかは、次の4つで確認できます。いずれも決定の後に、集計して見ます。

点検する数字出し方ずれが示すこと
同一評価点あたりの昇給・賞与評価点ごとに、属性別の平均支給額を出す点数が処遇へ変換される段階の偏り
同一評価点あたりの昇進率評価点ごとに、属性別の昇進者割合を出す昇進判断における偏り
挑戦的な案件の配分予算・人員を伴う役割の割り当て先を属性別に集計する機会が偏っていないか
候補者リストへの登載率昇進候補として名前が挙がった回数を属性別に集計する候補の入口で絞られていないか

1行目と2行目が本記事の中心です。 評価点の分布に差が無くても、ここに差が出ることがあります。研究が指摘しているのは、まさにこの段階です。

4行目も見落とされがちです。候補者リストに載らなければ、選考の公平性を議論する段階に到達しません。

2つの目標を1つの設計にまとめる手順

段階やること完了の基準
1直近2期分について、上の4つの数字を属性別に集計するずれの有無が数字で出ている
2ずれがある箇所について、決定の根拠が記録されているかを確認する記録が無い決定の割合が分かっている
3評価点から処遇への変換ルールを明文化する同じ点数に対する昇給幅の範囲が決まっている
4管理職の評価項目に「機会の配分」を加える。比率の達成は入れない評価表に配分の項目があり、比率の項目が無い
5集計と検証を定例化し、結果を経営会議の議題にする次回の検証時期と報告先が決まっている

段階3が要です。同じ評価点に対する昇給幅に範囲を設ければ、変換段階の裁量が狭まります。 範囲を超える場合は理由の記載を求めます。

段階4では、比率の達成を管理職の評価に入れないことを明確にしてください。入れると、経路2の配置の操作が起きます。評価するのは、挑戦的な案件をどう配ったか、候補者リストをどう作ったかという行動です。

段階5を飛ばすと、一度の点検で終わります。前掲の研究の含意は、実力主義を掲げていることが点検を止める働きをするという点にあります。定例化しない限り、掲げているという事実が検証の代わりになってしまいます。

実行時の落とし穴

  • 集計の単位を粗くしない。 全社平均では差が消えます。評価点ごと、職種ごとに分けて見てください。
  • 「差が小さいから問題ない」で終えない。 小さな差でも、昇進のたびに重なると候補者の構成は変わります。段階ごとの差を累積で見てください。
  • 決定者の構成を無視しない。 昇進を決める場の構成が偏っていると、候補者リストの作り方にも影響します。
  • 数値目標そのものを否定しない。 目標の置き方の問題であって、目標が不要という話ではありません。目標設定の順序は女性登用が数合わせになる理由で扱っています。

選考・昇進の基準そのものの作り方は昇進の男女不平等を防ぐ客観的な評価基準を、比率目標の設計はクオータ制の弊害を回避するスキルベースの人員配置を、推進活動と事業戦略の接続は多様性推進を経営戦略と直結させる再構築法を参照してください。

まとめ

  • 矛盾は、業績目標と比率目標が別々の経路で降り、優先順位が管理職に丸投げされていることから生じます。
  • Castilla と Benard の2010年の研究は、組織が明示的に実力主義を掲げた条件で、同等の資格を持つ女性より男性に大きな金銭的報酬が与えられたと報告しています。
  • 偏りは評価の点数ではなく、点数を報酬や昇進へ変換する段階に現れうるため、基準の精緻化だけでは足りません。
  • 点検するのは、同一評価点あたりの昇給・賞与、同一評価点あたりの昇進率、挑戦的な案件の配分、候補者リストへの登載率の4つです。
  • 管理職の評価には比率の達成ではなく機会の配分を入れてください。比率を入れると配置の操作が起きます。
  • 検証を定例化してください。実力主義を掲げていることが、点検の代わりになってしまいます。

出典

  • Emilio J. Castilla and Stephen Benard, “The Paradox of Meritocracy in Organizations,” Administrative Science Quarterly, Vol. 55 (2010)