決算書は毎年作っている。試算表も毎月出ている。それでも「この製品は儲かっているのか」「この部門は続けるべきか」に答えられない。
この状態は珍しくありません。原因は、手元にあるのが財務会計の数字だけで、管理会計の数字がないことです。
管理会計とは、社外に報告するためではなく、自社が判断するために作る会計です。ルールは法律ではなく自社が決めます。本記事では、その始め方を、専任の経理担当がいない規模の会社を前提に整理します。
財務会計と管理会計は、目的も作り方も別物
まず区別を明確にします。同じ「会計」という言葉が付いていますが、両者は用途が違います。
| 財務会計 | 管理会計 | |
|---|---|---|
| 誰のため | 税務署、金融機関、株主 | 自社の経営者・管理職 |
| 目的 | 過去の業績を正しく報告する | これからの判断を決める |
| ルール | 会計基準・税法(守る義務がある) | 自社が決める(自由) |
| 対象期間 | 過去(確定した実績) | 過去・現在・未来 |
| 集計の単位 | 会社全体 | 部門・製品・顧客・案件 |
| 出す頻度 | 年次・四半期 | 月次・週次・必要なとき |
| 正確さの基準 | 1円まで合っていること | 判断を誤らせない程度に合っていること |
最後の行が実務上いちばん重要です。管理会計では、1円まで合わせようとすると間に合いません。翌月20日に出る完璧な数字より、翌月5日に出る概算のほうが判断には役立ちます。財務会計の感覚を持ち込むと、この時間感覚を誤ります。
試算表があるのに判断できない理由
月次試算表は財務会計の成果物です。会社全体の売上と費用が並んでいますが、どの事業がどれだけ稼いでいるかは分かりません。
たとえば全社で営業利益が出ていても、その内訳が「A事業が大きく黒字、B事業が赤字」であれば、取るべき行動はまったく変わります。この分解ができない限り、経営判断は全社の合計値に対する感覚論になります。
最初にやるのは、費用を2つに分けること
管理会計の入口は、費用を固定費と変動費に分けることです。ここが済むと、その後の指標はほぼ自動的に出てきます。
| 区分 | 定義 | 主な例 |
|---|---|---|
| 変動費 | 売上に連動して増減する費用 | 仕入、原材料、外注加工費、販売手数料、運賃 |
| 固定費 | 売上が変わっても発生する費用 | 正社員の人件費、家賃、リース料、減価償却費、保険料 |
迷う費用の扱い方
実務では、きれいに分かれない費用が出ます。判断の指針は次のとおりです。
- 人件費 — 正社員の基本給は固定費、残業代・アルバイト・外注は変動費として扱うのが実態に近くなります。全額を固定費に入れると、繁忙期の増分が見えなくなります
- 水道光熱費 — 製造業で稼働に連動するなら変動費、事務所分は固定費
- 広告宣伝費 — 売上に連動して出稿量を決めているなら変動費、年間予算で固定しているなら固定費
厳密さより一貫性が重要です。一度決めたら変えないこと。期によって分け方が変わると、前期との比較ができなくなります。
分けると「限界利益」が出る
固定費と変動費を分けると、次の数字が計算できます。
限界利益 = 売上高 − 変動費
限界利益は、その売上が固定費の回収にどれだけ貢献したかを表します。管理会計で最も使う指標です。
売上高に対する限界利益の比率(限界利益率)が分かると、次の問いに答えられるようになります。
- あと何円売れば黒字になるのか
- 値引きしてでも受けるべき案件はどれか
- 売上は大きいが利益に貢献していない事業はどれか
3つ目は特に重要です。売上規模の大きい事業が、限界利益ではほとんど貢献していないという状況は、実際によくあります。売上だけを見ていると、この構造は見えません。
4つの基本指標
限界利益が出せれば、以下は計算するだけです。
1. 損益分岐点売上高
固定費をちょうど回収できる売上高です。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
この数字が分かると、月初の時点で「今月あと何円必要か」が言えるようになります。目標売上を感覚で置いている会社は、まずここを計算してください。
2. 損益分岐点比率
損益分岐点比率 = 損益分岐点売上高 ÷ 実際の売上高 × 100
実際の売上が損益分岐点からどれだけ離れているかを示します。この比率が高いほど、売上が少し落ちただけで赤字になります。景気変動への耐性を測る指標です。
3. 部門別・製品別の限界利益
集計の単位を分けて限界利益を出します。ここで初めて「どこが稼いでいるか」が見えます。
このとき、共通費(本社費、間接部門の人件費など)を無理に各部門へ配賦しないでください。配賦すると、配賦の根拠をめぐる議論が始まり、本来見たかった採算の話が進まなくなります。
現実的な形は次のとおりです。
| 階層 | 何を見るか | 誰の責任 |
|---|---|---|
| 部門の限界利益 | 売上 − その部門の変動費 | 部門長 |
| 部門の貢献利益 | 限界利益 − その部門固有の固定費 | 部門長 |
| 全社の営業利益 | 貢献利益の合計 − 共通費 | 経営者 |
部門長に責任を持たせるのは貢献利益までです。自分でコントロールできない共通費で評価されると、数字への当事者意識は生まれません。
4. 案件・顧客別の採算
営業部門を持つ会社では、案件単位・顧客単位の限界利益も出します。「売上上位の顧客が、限界利益では下位」という逆転は頻繁に起きます。値引き、特別対応、頻繁な仕様変更が効いているためです。
この数字は、値引きの判断基準を作るための土台になります。
つまずくのは計算ではなく運用
壁1:数字が出るのが遅く、判断に間に合わない
翌月20日に前月の数字が出ても、打てる手は限られます。
対処は、精度を落として速度を取ることです。仕掛品の評価や細かい経過勘定は概算で構いません。翌月5営業日以内に出す運用を先に決め、その制約に収まる粒度で設計します。
壁2:部門別損益を出したら、部門間の対立が始まった
前述の共通費の配賦が原因です。部門長の関心が、事業の改善ではなく配賦方法の交渉に向かいます。
対処は、配賦をやめるか、配賦した数字を評価には使わないことです。全社の構造を把握する目的なら配賦しても構いませんが、評価に接続した瞬間に交渉の対象になります。
壁3:作ったが、誰も見ていない
管理会計の資料が経理から配られ、誰も開かない。よくある終着点です。
原因は、その数字を使って何を決めるかが決まっていないことです。対処は資料を作る前に、「月次のこの会議で、この数字を見て、この判断をする」を先に決めることです。判断が決まっていない資料は必ず読まれなくなります。
この構造は管理会計に限らず、社内のあらゆる数字に共通します。データ分析とは?勘と経験だけの経営を卒業し、データドリブンな意思決定を始める方法でも同じ問題を扱っています。
壁4:赤字部門が分かったのに、決められない
数字は出た、赤字の事業も特定できた。それでも撤退の判断が下りない。
この段階の問題は会計ではありません。撤退を提案した人が損をする評価制度が残っている限り、数字がいくら明確でも判断は動きません。会計の整備より先に、そちらを直す必要があります。
導入の順序
| 段階 | やること | 完了の基準 |
|---|---|---|
| 1 | 直近1年の費用を、金額の大きい順に固定費/変動費へ分類する | 上位20項目の区分が決まっている |
| 2 | 全社の限界利益率と損益分岐点売上高を出す | 「今月あと何円必要か」が言える |
| 3 | 集計の単位(部門/製品/顧客)を1つ決め、分けて集計する | どこが稼いでいるかが数字で言える |
| 4 | 月次でその数字を見る会議と、下す判断を決める | 会議の議題に入っている |
| 5 | 部門長の責任範囲を貢献利益までと定義する | 評価に共通費が入っていない |
段階1を丁寧にやることが、全体の精度を決めます。ここを税理士任せにすると、自社の判断に使えない区分になります。費用の区分は会計処理ではなく経営判断です。
まとめ
- 管理会計は、社外への報告ではなく自社が判断するために作る会計です。ルールは自社が決めます
- 入口は費用を固定費と変動費に分けること。これが済めば主要な指標は自動的に出ます
- 最も使うのは限界利益(売上−変動費)です。売上規模と利益貢献は一致しません
- 部門別に見るときは共通費を配賦しない。配賦した数字を評価に使うと、事業の議論が配賦の交渉に変わります
- 完璧な数字を遅く出すより、概算を速く出すほうが判断には役立ちます
投資判断の側からの見方は投資回収計画の見直しを仕組み化し資金効率を最大化するで扱っています。



