エスカレーションルールとは、「何が起きたら、だれに、いつまでに、何を伝えるか」を先に決めておく表です。作り方の骨格は、①起きた事象を影響の大きさで段階に分ける、②段階ごとに上げる相手と代理を決める、③段階ごとに時限を置く、④報告の書式を固定する、の4つです。
ルールが無い職場では、「重要なことは報告して」という言葉だけが基準になります。何が重要かは人によって違うため、上げるべきことが上がらず、上げなくてよいことが経営者に集まります。この記事では、基準表と報告文の見本を示したうえで、法令で報告期限が決まっている事象の扱いと、ルールが形骸化する原因を整理します。
エスカレーションが機能しない構造
エスカレーションの失敗は、上がらない失敗と、上がりすぎる失敗の2種類があります。どちらも、個人の判断力ではなく基準の無さから起きます。
上がらない。 基準が「重要なこと」「大きなトラブル」のような言葉だけだと、担当者は自分で何とかできそうな間は上げません。上げた結果、叱られた経験があればなおさらです。問題が手に負えなくなってから上がるため、打てる手が少なくなっています。
上がりすぎる。 反対に、「何でも報告」という運用では、経営者や部門長に小さな判断まで集まります。上位者は判断に追われ、返事が遅れ、現場は返事を待つ間止まります。
上げた後の返事が無い。 上げる側の時限だけを決め、受ける側がいつまでに何を返すかを決めていないルールも多く見られます。返事が無いと、担当者は次から上げる意味を感じなくなります。
この3つを避けるには、上げる基準・相手・時限を、受ける側の返事の時限まで含めて表にしておく必要があります。
ルールに入れる5つの要素
| 要素 | 決めること | 決め方のポイント |
|---|---|---|
| 事象の区分 | 顧客、金額、品質、安全、情報、法令、報道など | 過去1年に起きたトラブルを分類して作る |
| 段階の基準 | どの程度なら何段階目か | 金額は決裁権限規程の上限と揃える。金額にならないものは性質で決める |
| 上げる相手と代理 | 段階ごとの第一報の相手、不在時の代理 | 個人名ではなく役職で書く。夜間・休日の代理も決める |
| 時限 | 上げる側が第一報を出すまでの時間、受ける側が返事をするまでの時間 | 両方を書く |
| 手段と書式 | 電話、チャット、メール。報告に入れる項目 | 段階が高いほど、即時に届く手段にする |
金額の基準は、社内の決裁権限規程と揃えてください。規程では課長が決めてよい金額なのに、エスカレーションの基準では部長に上げることになっていると、現場はどちらに従えばよいか迷います。規程の設計は決裁権限の設計|金額基準・性質基準と事後監査の作り方で扱っています。
基準表の見本
次の表は、4段階で組んだ場合の見本です。金額や時間は例なので、自社の決裁権限規程と業務の実態に合わせて置き換えてください。
| 段階 | 基準の例 | 第一報の相手 | 上げる時限 | 受ける側の返事 |
|---|---|---|---|---|
| 1:現場で完結 | 手順書の範囲で対応でき、顧客や金額への影響が無い | 上げない(週次の定例で件数だけ報告) | ― | ― |
| 2:所属長へ | 顧客からの苦情、担当者の決裁の上限を超える支出、納期の遅れの見込み | 課長(不在時は係長) | 当日中 | 翌営業日までに対応を決める |
| 3:部門長へ | 取引の停止や解約の申し出、課長の決裁の上限を超える損失の見込み、複数の顧客に及ぶ品質問題 | 部長(不在時は他の部長) | 把握から2時間以内 | 当日中に対応方針を決める |
| 4:経営者へ | 人の安全に関わる事象、法令違反の疑い、個人データの漏えいのおそれ、報道や行政からの問い合わせ | 社長(不在時は担当役員) | 把握したら即時(電話) | 即時に対応の責任者を決める |
「迷ったら1つ上の段階へ」という一文を表の下に置いておくと、判断に迷う場面での遅れを防げます。ただし、この一文に頼る件数が多いなら、基準の書き方が足りていないということです。
法令で報告期限が決まっている事象
社内の時限とは別に、法令で行政への報告期限が決まっている事象があります。代表的なのが個人データの漏えい等です。個人情報保護法第26条と個人情報保護委員会規則(施行規則)第7条・第8条は、要配慮個人情報が含まれる場合や、本人の数が1,000人を超える場合などの漏えい等について、事態を知った後「速やかに」個人情報保護委員会へ報告し、知った日から30日以内(不正の目的による行為のおそれがある事態は60日以内)に所定の事項を報告することを定めています。
こうした事象は、基準表の最上位の段階に固定し、社内の時限を法令の期限より十分に短く置いてください。どの事態が報告の対象に当たるか、どこまで調べてから報告するかは個別の判断が必要です。実際の事象では、個人情報保護委員会の窓口や弁護士などの専門家に確認してください。
報告の型
段階2以上で上げるときの報告文は、書式を固定します。書式が決まっていると、上げる側が何を書くかで迷わず、受ける側も判断に要る情報を探さずに済みます。
| 項目 | 書く内容 |
|---|---|
| 件名 | 段階と事象を一言で(例「段階3:主要取引先から解約の申し出」) |
| 何が起きたか | 事実だけを、分かっている範囲で |
| 影響 | 顧客、金額、人数、期限への影響。分からない項目は「不明」と書く |
| いまやっていること | すでに取った対応 |
| 判断してほしいこと | 上位者に決めてほしい点を1〜2個に絞る |
| 次の報告 | いつ、何が分かった時点で次を送るか |
報告文の例は次のとおりです。
段階3:主要取引先から解約の申し出 何が起きたか: 本日午前、取引先の購買部長から、来月末で契約を終えたいと電話がありました。理由は納期の遅れが続いたためとのことです。 影響: 年間の取引額は当部の売上の中で上位です。後任の仕入先はまだ決まっていないと聞いています。 いまやっていること: 遅れの原因の一覧を作っています。先方には、明日中に改めて連絡すると伝えました。 判断してほしいこと: 明日の連絡に部長に同席いただけるか。値引きなどの条件を示してよいか。 次の報告: 本日17時に、遅れの原因の一覧を送ります。
「分かっていないこと」を書いてよいと明示しておくことが大切です。全部を調べてから上げようとすると、時限を過ぎます。
導入の手順
- 過去1年のトラブルを集める。 苦情、事故、損失、情報の取り扱いの誤りなどを一覧にします。
- 事象を区分し、段階の基準を置く。 実際に起きた事象を当てはめて、どの段階になるかを確かめます。
- 相手・代理・時限を決める。 夜間・休日の連絡手段まで決めます。
- 模擬の事象で試す。 例として事象を1つ示し、担当者が何段階と判断するかを確かめます。答えが割れた箇所は、基準の書き方を直します。
- 3か月後に見直す。 上がった件数と、上げるべきだったのに遅れた件数を数え、基準を調整します。
実行時の落とし穴
- 上げた人を責める。 上げた事象の原因を、その場で担当者の落ち度として扱うと、次から上がらなくなります。原因の検討は、対応が終わってから別の場で行います。
- 受ける側の時限を決めない。 上げる側だけに時限を課すと、返事の遅れで現場が止まります。
- 経営者に全部を集める。 段階4に当たらない事象まで経営者が引き取ると、部門長の判断の場が失われます。部門長の支援の仕組みは中間管理職が疲弊する構造と支援体制の設計でも扱っています。
- 例外が例外のまま残る。 基準表に当てはまらない事象が何度も上がるなら、表に新しい区分を足します。例外の扱いを仕組みに取り込む考え方は、承認プロセスが長い原因。例外管理と権限移譲で業務を高速化で扱っています。




