不採算のプロジェクトが止まらない。誰の目にも見込みがないのに、「もう少し様子を見よう」が何四半期も繰り返される。
この現象を「担当者が損切りを嫌がる心理」や「サンクコストの呪縛」で説明しても、事態は変わりません。撤退を提案した人間が損をする評価制度を置いたまま、撤退を促すことはできないからです。
本記事では、赤字プロジェクトが継続される構造を評価制度の側から分解し、早期撤退が合理的な選択になる設計を示します。
撤退が遅れるのは、担当者にとって継続が正しいから
まず押さえるべきは、撤退しない判断は、担当者の立場からは合理的だということです。多くの組織で、継続と撤退は次のような非対称な扱いを受けています。
| 撤退を提案した場合 | 継続した場合 | |
|---|---|---|
| 短期の評価 | 失敗案件の責任者として記録が残る | 現状維持。評価は動かない |
| 損失の計上 | 自分の在任中に確定する | 先送りできる |
| 周囲の反応 | 「粘りが足りない」と言われる余地がある | 問われない |
| 異動までの時間 | 関係なく記録は残る | 逃げ切れる可能性がある |
| 成功した場合の上振れ | ない | ゼロではない |
この表を見れば、個人が継続を選ぶのは当然です。撤退は確実な減点、継続は不確実な減点であり、期待値の計算をするまでもありません。
つまり、赤字プロジェクトの延命は、担当者の弱さではなく評価制度が設計どおりに機能している結果です。
「サンクコスト」で説明するのをやめる
この問題はしばしばサンクコスト効果(埋没費用の呪縛)として説明されます。すでに投じた費用が惜しくて止められない、という心理バイアスです。
説明として間違ってはいませんが、対策に結びつきません。バイアスを指摘したところで、担当者の置かれた損得の構造は変わらないからです。研修で「サンクコストに囚われるな」と教えても、撤退を提案すれば評価が下がる制度が残っている限り、行動は変わりません。
心理の問題として扱うと研修の話になり、制度の問題として扱うと設計の話になります。 動かせるのは後者だけです。
自社に当てはまるかを判定する6つの兆候
評価制度が撤退を妨げている組織には、共通の症状が出ます。3つ以上当てはまる場合、個別案件の判断ではなく制度の側を見てください。
| # | 兆候 | これが意味すること |
|---|---|---|
| 1 | 経営会議に上がる報告が、いつも「課題はあるが対応中」で終わる | 悪い情報を上げる経路が閉じている |
| 2 | 撤退基準の数値が、期の途中で書き換えられたことがある | 基準が判断ではなく説明の道具になっている |
| 3 | 担当者の異動後に、初めて損失の規模が判明したことがある | 引き継ぎまで先送りする行動が成立している |
| 4 | 撤退した案件の担当者が、その後昇進していない | 撤退が減点であることが社内に周知されている |
| 5 | 案件の開始時に、やめる条件を決めていない | 判断の基準が後付けになる |
| 6 | 「この案件は社長案件だから」という言葉が出る | 起案者の役職で判定が歪んでいる |
とくに5番が欠けている組織では、他のすべてが連鎖して起きます。やめる条件を決めずに始めた案件は、やめる理由を誰かが個人の責任で作らなければならなくなるためです。
早期撤退を合理的にする4つの設計
対処は、担当者に勇気を求めることではなく、撤退が減点にならない構造を先に作ることです。順序があります。
設計1:開始時に撤退条件を書き、承認の一部にする
案件の起案書に、「どの数字がいつまでにどうならなければ中止するか」を必ず含めます。これが書かれていない起案は承認しません。
書き方は具体的にします。
- 悪い例:「市場の反応が芳しくない場合は見直す」
- 良い例:「6か月後の時点で有料契約が20件に達していなければ中止する」
条件を開始時に決めておくと、撤退の判断は誰かの意見ではなく、あらかじめ合意した約束の履行になります。提案者個人が「やめよう」と言い出す必要がなくなり、ここで大半の心理的コストが消えます。
設計2:判定を起案者から切り離す
条件を満たしたかどうかの判定は、起案者やプロジェクト責任者以外が行います。経営企画、PMO、管理部門など、案件の成否に直接の利害を持たない担当を置きます。
判定結果は、起案者の合意を必要とせず経営会議に上がる経路にします。ここを起案者経由にすると、「もう少しで達成できる見込みがあるので継続を提案したい」という形で、事実上の拒否権が生まれます。
設計3:評価するのは結果ではなく「基準どおりに動いたか」
ここが制度設計の中心です。人事評価において、撤退したこと自体を減点にしないと決めます。
代わりに評価するのは次の2点です。
- 撤退条件を事前に、検証可能な形で設定したか
- 条件を満たした時点で、遅滞なく報告・判定に回したか
この基準であれば、基準どおりに撤退した担当者は、基準どおりに成功させた担当者と同じく「判断の質が高い」と評価されます。逆に、条件を満たしているのに報告を遅らせた場合は、結果が良くても評価を下げます。
「撤退を評価すると安易な撤退が増えるのではないか」という懸念が出ますが、増えません。評価しているのは撤退という結果ではなく、基準に従ったかどうかだからです。基準を満たしていないのに撤退した場合は、継続と同様に判断の質を問います。
設計4:撤退の記録を、次の起案の材料にする
撤退した案件について、「何が想定と違ったか」を1枚にまとめ、社内で参照できる場所に置きます。責任の所在は書きません。書くのは前提条件のどれが外れたかです。
これをやると2つの効果があります。ひとつは、次の起案時に同じ前提を置く案件を事前に止められること。もうひとつは、撤退が「失敗の記録」ではなく「組織の資産」として扱われるという運用上のメッセージが伝わることです。
設計3が制度上の建前だとすれば、設計4は実際の扱いです。両方そろって初めて、担当者は制度を信用します。
導入時につまずく3か所
経営者自身の案件が例外になる
最も多い失敗です。制度を作っても、経営者やオーナーが言い出した案件だけが判定の対象外になります。
これが一度起きると、制度は「立場の弱い担当者の案件にだけ適用されるもの」として認識され、以後まったく機能しません。社内の観察力は正確で、例外はすぐに共有されます。
対処は、制度の開始時点で経営者自身の案件を最初の対象にすることです。順序を逆にすると信用されません。
撤退条件が「ほぼ達成不可能な下限」に設定される
条件を書くルールを入れると、今度は絶対に抵触しない水準の条件が書かれるようになります。「売上がゼロの場合は中止」のような条件です。
対処は、条件を承認する側が「この条件に抵触する現実的なシナリオは何か」を必ず問うことです。答えられない条件は、条件として機能していません。
撤退した瞬間に損失が一括計上され、決算が動く
これは制度ではなく会計の問題ですが、実務では最大の抵抗要因になります。撤退すると、それまで資産計上していたものを一度に費用化する必要が生じ、その期の決算が悪化します。
この構造がある限り、期末をまたぐ撤退判断は必ず先送りされます。 対処は、案件の投資を段階に分け、段階ごとに評価と計上を区切っておくことです。システム開発であれば、システム開発を中止できない罠を防ぐ段階的予算承認の設計で具体的な区切り方を解説しています。
まとめ
- 赤字プロジェクトが止まらないのは、担当者の心理ではなく、撤退が確実な減点になる評価制度が原因です
- サンクコストという説明は正しくても対策に結びつきません。心理ではなく制度の問題として扱ってください
- 案件の開始時に撤退条件を書かせ、承認の要件にする。これが最も効果の大きい1手です
- 判定は起案者から切り離し、評価するのは結果ではなく基準どおりに動いたかにします
- 経営者自身の案件を最初の対象にしなければ、制度は機能しません
撤退基準そのものの作り方は不採算事業の放置を防ぐ|撤退基準のシステム化と設計手法で、事業ポートフォリオ全体での判断は「捨てる勇気」が未来を拓く!事業ポートフォリオ最適化と戦略的撤退の意思決定ガイドで扱っています。



