同じ社内規程があるのに、A部署では承認を取り、B部署では取っていない。監査で指摘されて初めて、運用が割れていたことが分かる。

この状態の原因は、周知の不足ではありません。規程が、判断を現場に委ねる書き方になっていることです。読んだ人によって結論が変わる文章を配れば、運用が割れるのは当然の結果です。

本記事では、解釈のばらつきを見つける方法と、判断を残さない書き方を整理します。研修の設計全体はコンプライアンス研修はなぜ形骸化するのか|行動が変わる設計への作り替え方で扱っています。

解釈が割れる3つの書き方

書き方1:程度を表す言葉で条件を書いている

規程の記述何が起きるか
「高額な取引については、事前に承認を得ること」高額の基準が部署ごとに違う
「重要な変更は、速やかに報告すること」重要も速やかも判定できない
「必要に応じて記録を残すこと」必要かどうかを本人が決める
「適切な方法で管理すること」適切の中身が書かれていない

「高額」「重要」「速やかに」「必要に応じて」「適切に」。この5語が出てきたら、その条文は運用が割れます。

読み手は悪意なく、自分の業務の常識で解釈します。日常的に数百万円を扱う部署と、数万円の経費しか扱わない部署では「高額」の意味が違います。

書き方2:対象の範囲が列挙されていない

「顧客情報を社外に持ち出す場合は申請すること」。

この文では、次が判定できません。

  • 名刺は顧客情報に含まれるか
  • 自分のスマートフォンに入った連絡先は「持ち出し」か
  • 在宅勤務で自宅のPCから閲覧するのは「持ち出し」か
  • 取引先に見積書を送るのは「持ち出し」か

現場は、判定できないものを都合よく解釈します。悪意ではなく、業務を止めないための処理です。

書き方3:例外を認める条件が書かれていない

「原則として、事前承認を要する」。

原則と書いてあれば例外があるはずですが、その条件が書かれていません。結果として、誰が例外を認定できるのかが決まらないまま、現場で事後承認が常態化します。

ばらつきを見つける方法

規程を読み直しても、書いた側は自分の意図で読むため、ばらつきは見つかりません。現場に同じ場面を投げて、答えが割れるかを見るのが確実です。

研修の場で実施する

最も効率的です。手順は次のとおりです。

  1. 判断が分かれそうな場面を5〜8個用意する
  2. 各場面について、選択肢を3つ程度示す
  3. 挙手または投票ツールで回答させる
  4. 回答が割れた場面だけを議論の対象にする

事前に規程を読ませる必要はありません。読んだ上で割れることが問題だからです。

場面の作り方

自社の業務で、実際に判断が求められる形にします。

【場面】主要取引先の担当者から、来月の新製品の情報を
参考に先に見せてほしいと言われました。正式な発表は3週間後です。
先方とは10年の取引があり、今回の案件も先に情報があれば
準備を進められると言っています。

A. 発表前なので断る
B. 秘密保持契約があるので、その範囲で開示する
C. 上長に確認する
D. 概要レベルなら口頭で伝える

回答が割れたら、規程の書き方に問題があります。研修で「正解はAです」と教えるだけでは、次の似た場面でまた割れます。規程の側を直す必要があります。

割れ方の記録

議論して終わりにせず、記録します。

場面回答の分布割れた原因規程の該当箇所対処
発表前情報の開示A 40% / B 30% / C 25% / D 5%「機密情報」に未発表の製品情報が含まれるか不明情報管理規程 第◯条対象に列挙を追加

この記録が、規程改定の根拠になります。「なんとなく分かりにくい」では改定は通りませんが、回答が割れた事実があれば通ります。

判断を残さない書き方

原則:数字・列挙・主語

変える前変えた後
高額な取引1件50万円を超える取引(税抜)
速やかに報告検知した当日中に、所属長へ報告
必要に応じて記録以下の3種類について、記録を残す(①…②…③…)
顧客情報以下を顧客情報とする:氏名、所属、連絡先、名刺の画像、取引履歴
原則として承認を要する承認を要する。ただし、①緊急かつ②部長が事後承認を確約した場合に限り、事後承認を認める

条文を増やす必要はありません。判断が分かれる箇所に「どちらなのか」を書き足すだけです。分量はほとんど変わりません。

迷ったときの行き先を書く

すべての場面を列挙することはできません。列挙から漏れたときにどこに聞けばよいかを規程内に明記します。

  • 「本規程の適用について判断に迷う場合は、法務部に照会すること」
  • 照会窓口は部署名ではなく、連絡先まで書く
  • 照会に対する回答の期限を書く(例:2営業日以内)

回答期限がないと、照会しても返事が来ず、現場は待てずに自己判断します。照会経路は、応答速度まで含めて設計してください。

改定と周知の運用

実態に合っていない規程は、残さない

「現場から実態に合っていないと言われる規程」は、既に守られていません。

守られていない条文を残しておくと、規程全体が「守らなくてよいもの」として扱われるようになります。1つの形骸化した条文が、他の条文の拘束力まで下げます。

対処は2択です。実態に合わせて規程を改定するか、実態のほうを変えるか。放置が最も害があります

周知は「変更点の3行」で

改定のたびに全文を配っても読まれません。読まれない周知は、実施したという記録にしかなりません。

配るのは次の3点だけです。

  1. 何が変わったか(旧→新)
  2. いつから適用されるか
  3. どの業務に影響するか

全文は参照先として置いておき、変更点だけを流す運用にします。

まとめ

  • 運用が割れる原因は周知不足ではなく、規程が判断を現場に委ねる書き方になっていることです
  • 「高額」「重要」「速やかに」「必要に応じて」「適切に」が出てきたら、その条文は割れます
  • ばらつきは、同じ場面を現場に投げて回答が割れるかで見つけます。研修の場でやるのが効率的です
  • 直し方は、条文を増やすことではなく数字・列挙・主語を書き足すことです
  • 列挙から漏れた場合の照会先を、回答期限まで含めて明記してください
  • 実態に合っていない条文を残さないでください。1つの形骸化が、規程全体の拘束力を下げます