未上場企業には、社外取締役の設置義務もコーポレートガバナンス・コードの遵守義務もありません。日本の法人企業は約178万社ありますが、そのうち上場企業はわずか約4,000社、全体の0.22%に過ぎません(出典:一般社団法人日本取締役協会「未上場企業におけるコーポレートガバナンス提言書」2025年12月5日)。圧倒的多数を占める未上場企業では、経営は経営者個人の裁量に大きく依存し、組織的な意思決定やリスク管理が後回しにされる傾向がある、と同提言書は指摘しています。
義務がないことは、牽制が不要であることを意味しません。この記事では、同提言書が示す枠組みをもとに、経営者の権限を段階的に牽制する具体策を整理します。
なぜ経営者の牽制が必要なのか
同提言書は、未上場企業を①スタートアップ企業、②昭和型企業(オーナーシップ型の中堅・中小企業)、③非上場大企業の三類型に分け、それぞれの課題を分析しています。共通する論点は「企業は誰のものか」という問いです。企業を経営者個人の所有物ではなく公器として捉え、私物化を防ぐことがガバナンスの出発点だとされています。
経営権を牽制する仕組みの必要性は企業規模の大小を問いませんが、経営者自らの目が組織の隅々まで届かなくなるほど、その必要性は大きくなります。上場企業であればコーポレートガバナンス・コードなどの外部要請によって一定水準のガバナンス体制が求められますが、未上場企業では経営者自身がその必要性を認識し、自らの経営権に制約をかける姿勢を取り入れない限り、体制は整いません。
形式だけの牽制と、実質的な牽制の違い
同提言書は、ガバナンスが機能しない状態を「衰退型ガバナンス」と呼び、その特徴を次のように整理しています。
| 評価項目 | 衰退型ガバナンス | 成長型ガバナンス |
|---|---|---|
| 利害関係者観 | 価値を奪い合う敵同士 | 価値を創り合う仲間 |
| 取締役会の機能 | 社内外とも見かけだけの多様性(お友達人事) | 知識と知恵の豊富な多様な人材庫 |
| 法令・社会規範遵守態度 | 形式主義 | 実質主義 |
| 情報開示への姿勢 | 責任逃れのための建前論 | 建設的対話のための本音論 |
取締役会を設置していても、社内・社外とも経営者と近しい人物だけで固められていれば、牽制は機能しません。重要なのは機関を置くことではなく、経営者に対して臆せず発言できる人物を、権限がなくとも起用することです。
段階的に導入するガバナンス体制
取締役会の実質化
同提言書は、地域金融機関OBなど現経営陣から独立した人材を社外取締役や社外アドバイザーとして起用し、取締役会を対銀行報告や登記手続きのための形式的な場から、企業価値について本質的な議論ができる場に変えることを提言しています。
スモールスタート・ガバナンス
上場企業並みの指名委員会・監査委員会を一足飛びに設置するのではなく、法的拘束力を持たないアドバイザリーボードから始める「スモールスタート・ガバナンス」が提案されています。具体的には、月1回のアドバイザリーボード開催、経営会議体制の構築、利益貢献度に応じた業績評価制度の導入という3つのステップです。
権限規程の整備
未上場企業ではワンマン経営に陥りやすく、経営トップの了承さえ得られれば何でも実行できる状態になりがちです。誰が何を所掌し、誰が誰に対して承認権限を持つのかを明文化する権限規程の整備は、取締役会での説明責任を実質化する前提条件になります。
事業承継はガバナンス改革の契機になる
日本では今後10年で中堅・中小企業の多くが事業承継の最盛期を迎えます。これまでオーナー型の経営が主体だったため、経営権と所有権の分離がなされておらず、混乱のリスクが高いと指摘されてきました。
同提言書は、事業承継税制の適用条件に「基本的なガバナンス体制の整備(定款整備、実質的な取締役会の実施記録など)」を組み込み、承継のタイミングをガバナンス見直しの契機とすることを提言しています。経営者が交代する節目は、属人的な意思決定プロセスを組織的なプロセスに置き換える自然な区切りになります。
地域金融機関との連携という選択肢
同提言書は、地域金融機関を巻き込んだ牽制の仕組みも提案しています。地域金融機関は未上場企業の主な資金提供者であり、融資先のガバナンス評価指標を導入し、改善提案も含めた「関与型」融資を促進する余地があるという指摘です。具体的には、ガバナンスへの取り組みレベルに応じて、無担保融資枠の条件緩和や金利優遇といった手段が考えられるとされています。自社だけで牽制の仕組みを完結させるのではなく、日頃から関係のある金融機関を、外部からの規律をもたらす存在として位置づける発想です。
私物化を防ぐ具体的な自己規制
同提言書がひとつの具体策として挙げているのが「大株主でありかつ取締役でもある個人は、株主総会において役員選任・解任の議決権を持たないようにする」という自己規制です。これは非上場・上場を問わず、会社の私物化リスクを大幅に削減できるとされています。実行のハードルは高いものの、経営者自身が「自らの権限に制約をかける」という牽制の本質を最も直接的に体現する仕組みです。
牽制の仕組みが機能しない土壌では、コンプライアンス違反そのものが構造的に発生しやすくなります。あわせて、管理職に監視業務を丸投げする体制の限界も参照してください。
まとめ
- 未上場企業には社外取締役の設置義務がなく、日本の法人企業約178万社のうち上場企業は0.22%に過ぎない
- 義務がないからこそ、経営者自身が自らの経営権に制約をかける姿勢を取り入れる必要がある
- 取締役会に社外の目線を入れる際は、一足飛びに社外取締役を置くのではなく、アドバイザリーボードから始めるスモールスタートが現実的
- 事業承継のタイミングは、属人的な意思決定を組織的なプロセスに置き換える契機になる
- 「大株主かつ取締役でもある個人が役員選任・解任の議決権を持たない」という自己規制は、私物化を防ぐ具体策のひとつ




