DX の KPI は、道具を入れたかどうかではなく、業務と経営の結果がどう変わったかで決めます。「新しい仕組みを入れた」「研修を何回開いた」は、取り組みの量であって、成果ではありません。一方、売上や利益のような経営の成果だけを KPI にすると、結果が出るまでに時間がかかり、途中で進み具合を確かめられません。①導入、②定着、③業務の変化、④経営の成果、の 4 つの段階ごとに指標を置くと、どこで止まっているのかが分かり、手を打てるようになります。

段階ごとの指標の例

受注の処理を紙と表計算から新しい仕組みに移す取り組みを例にします。

段階確かめること指標の例
導入仕組みを使える状態になったか設定の完了、使う人のアカウントの発行
定着実際に使われているか新しい仕組みで処理した受注の割合、紙で処理した件数
業務の変化仕事のやり方が変わったか受注から出荷の指示までの時間、入力の誤りの件数、確認の手戻りの件数
経営の成果会社の成果につながったか1 人あたりの処理件数、残業の時間、納期の遅れの件数、受注の件数

段階ごとに指標を置くと、止まっている場所が見えます。例えば、設定は終わったのに、新しい仕組みで処理した受注の割合が増えないなら、定着の段階で止まっています。使われているのに処理の時間が短くならないなら、仕組みに合わせて業務のやり方を変えられていない可能性があります。

取り組みの種類ごとの考え方

取り組みの種類によって、見るべき指標は変わります。

請求書の発行や経費の精算など、経理の業務を仕組みに移す取り組みでは、業務の変化の段階で、月次の締めにかかる日数や、手で直した件数を見ます。締めが早くなれば、経営者が月の数字を早く見られるようになり、判断が早くなります。経営の成果の段階では、締めの早さそのものより、数字をもとにした判断が早くなったか、経理の担当者の残業が減ったかを確かめます。

顧客の情報を仕組みにまとめる取り組みでは、定着の段階で、営業の担当者が商談の記録を入力している割合を見ます。入力が進まないまま、経営の成果である受注の件数だけを見ても、仕組みが効いているのかどうかは分かりません。業務の変化の段階では、顧客からの問い合わせに、担当者が不在でもほかの人が答えられた件数や、商談の引き継ぎにかかる時間などを見ます。

社内の申請や承認を紙から仕組みに移す取り組みでは、申請から承認までの日数や、差し戻しの件数が業務の変化の指標になります。紙の申請が残っている件数は、定着の指標として役に立ちます。

KPI の報告の形

KPI を確かめる場では、4 つの段階の指標を 1 枚の表に並べ、目標と実績、前の月からの変化を示します。目標に届いていない段階には、原因と次の手を書きます。数字だけを並べるのではなく、どの段階で止まっているかを一言で書き添えると、経営者や部署の責任者が判断しやすくなります。

KPI を決める手順

手順 1:取り組みの目的を決める

最初に、その取り組みで何を変えたいのかを決めます。「DX を進める」は目的になりません。「受注の処理の時間を短くし、同じ人数でより多くの注文に応える」のように、業務と経営の言葉で書きます。DX の目的と全体の計画の立て方は、DXとは?中小企業のDX戦略とロードマップの作り方で扱っています。

手順 2:今の数字を測る

取り組みを始める前に、今の数字を測っておきます。今の処理の時間、誤りの件数、残業の時間などが分かっていないと、取り組みの後に何が変わったのかを示せません。今の数字が記録に無い場合は、数週間、手で記録を取ってでも測ります。

手順 3:段階ごとに指標と目標を決める

上の表の 4 つの段階ごとに、指標と目標の値、いつまでに達成するかを決めます。目標の値は、今の数字をもとに決めます。

手順 4:測り方と担当を決める

指標ごとに、どの記録から、誰が、いつ測るのかを決めます。新しい仕組みの記録から自動で出せる指標は、手間がかかりません。手で数える指標は、数える手間が大きすぎないかを確かめます。

手順 5:確かめる場を決める

月に 1 回など、指標を確かめる場を決め、目標に届いていない段階があれば、原因と手を話し合います。

よくある失敗

導入の指標だけで成果を語る

「仕組みを入れた」「アカウントを何人に発行した」で取り組みを終えると、実際に業務が変わったかどうかが分かりません。導入は最初の段階にすぎません。

削減時間の見積もりを成果とする

「この作業が月に何時間減る」という見積もりは、取り組みの前の計算です。実際に減ったかどうか、減った時間が何に使われたかを測らなければ、成果とは言えません。削減できた時間は、残業の減少や、対応できる件数の増加など、実際の数字で確かめます。

指標が多すぎる

測れるものを全部 KPI にすると、毎月の測る手間が大きくなり、どの数字を見て判断すればよいか分からなくなります。段階ごとに 1〜2 個に絞ります。

現場の評価と食い違う

DX の KPI と、現場の社員の評価の基準が食い違っていると、社員は評価される方の仕事を優先します。例えば、新しい仕組みへの入力を求めながら、評価は処理の件数だけで行っていると、入力が後回しになります。取り組みの間は、評価の基準との関係も確かめます。

経営の成果につなげるための考え方

DX の取り組みは、業務が変わってから経営の成果が表れるまでに時間がかかります。この間に、成果が見えないことを理由に取り組みを止めてしまうと、それまでの投資が無駄になります。定着と業務の変化の指標が予定どおりに進んでいれば、経営の成果が表れるのを待つ判断ができます。

反対に、定着の指標が長く伸びない場合は、取り組みのやり方を見直すか、止める判断が必要です。どこで止めるかの基準も、最初に決めておきます。計画を一度に固めず、段階を区切って進め方を見直す考え方は、DX推進の停滞を招く100%要件定義の罠とアジャイル移行の最適解で説明しています。

実行時の落とし穴

取り組みの後に KPI を決める

取り組みを終えてから KPI を決めると、結果に合わせた指標を選びがちです。KPI は取り組みを始める前に決めます。

担当者だけが数字を見る

KPI を DX の担当者だけが見ていると、現場の部署は自分たちの取り組みだと感じません。部署の責任者も同じ数字を見る場を作ります。

目標を一度決めて変えない

取り組みを進める中で、最初の目標が実態に合わないと分かることがあります。その場合は、理由を記録したうえで目標を見直します。