新規事業を任せられる人材が社内から出てこない。この状態に対して、研修の追加や社内公募の拡大が処方されることがありますが、入口を広げても人材は増えません。案件が終わらない限り、担当者は次の案件に進めないからです。

経験を積んだ社内起業家(イントレプレナー)を増やすために必要なのは、案件を早く終わらせる線と、終わった人が戻る場所です。本記事では、その2つをどう設計するかを整理します。案件そのものの撤退基準の作り方は新規事業のやめどきを客観的に判断する撤退基準の設計を参照してください。

「育成」が1人1件で止まる構造

新規事業の担当者が経験から学べるのは、仮説が外れた地点を確認できたときです。ところが多くの組織では、次の状態が同時に起きています。

  • 案件の終了条件が決まっておらず、成果が出ないまま数年続く
  • 担当者は案件の終了まで異動できない
  • 案件が終わるころには、担当者は「失敗した人」として扱われている

この3つが揃うと、1人が経験できる案件は実質1件になります。しかも最後は評価が下がる形で終わるため、次に手を挙げる人が減ります。育成の観点で見たときの損失は、資金ではなく試行回数です。

撤退の線がないと、人材の配置も決められない

案件がいつ終わるか分からない状態では、人事側も後任や戻り先を計画できません。結果として、撤退の判断が「その人の処遇をどうするか」という別の問題と同時に持ち込まれます。

この2つを同じ会議で扱うと、事業の見込みについての判断が、人事上の配慮に引きずられます。案件の撤退ラインと人の配置は、判断の場を分けたうえで、どちらも事前に決めておく必要があります。

出向起業の制度が示している設計の順序

経済産業省は、大企業等の人材が所属企業を退職せずに新会社を立ち上げる「出向起業」を支援する事業を設けています。執行団体である一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)が公開している「大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金」の説明では、事業の目的を、大企業等の経営資源の開放に資するエコシステムの構築を促進し、新規事業に係る多様な経営人材の育成や新規事業創造を促進することとしています。背景としては、多くの優秀な人材が大企業に集中している一方で、社内で0から新規事業に挑戦する環境が不足していることが指摘されています。

同事業が「出向起業」として扱う取り組みには、次の3つの条件が置かれています。

条件内容
資本構成新会社の資本のうち80%以上を所属企業以外の資本で構成する(所属企業の資本は20%未満)
就業形態大企業人材がフルタイムで経営者として新会社へ出向等により従事する
出口独立、またはもとの企業への復帰計画・オプションが用意されていること

注目すべきは3行目です。取り組みを始める前の段階で、終わった後にどうなるかが要件になっているという点です。社内の新規事業制度を設計するときも、この順序は同じように使えます。挑戦の機会を増やしたいのであれば、先に決めるのは出口の側です。

補助対象となる活動として挙げられているのも、試作品開発を行いながら事業性の検証を進め、必要に応じて事業のピボットを行う一連の活動であり、ユーザー・課題の特定、仮説検証、事業化に向けた活動が並んでいます。方向転換や終了が前提に組み込まれた設計になっています。

社内で決めておく3本の線

1. 案件の撤退ライン

事業の見込みで判定する線です。フェーズごとに、次に進むために確認できていなければならないことを決めます。数値の水準は業種と事業モデルで変わるため、他社の基準を借りるのではなく、自社の既存事業の実績から置きます。決めるべき項目は共通しています。

フェーズ確認する対象決めておく項目
課題の特定想定した顧客が、その課題に費用を払う意思を持つか面談件数、判定の期限、判定に使う質問
試作と検証作ったもので課題が解決するか検証期間、利用の継続を測る指標、打ち切りの水準
事業化単位あたりの経済性が成立するか顧客獲得にかかる費用と回収期間の関係、判定の時期

数値そのものより、判定の期限を先に決めることが効きます。期限がないと、検証は「もう少し」で延び続けます。撤退の判断材料から過去の投資額を外す手続きはサンクコスト効果で撤退できない組織の構造と対策にまとめています。

2. 担当者の任期

案件の寿命とは別に、人の区切りを置きます。任期の考え方は2つあります。

  • 固定任期:一定期間で担当を交代し、案件が続く場合は引き継ぐ
  • フェーズ連動:フェーズの判定時に、担当の継続可否も併せて判断する

どちらでも構いませんが、任期が来た時点で「案件は継続、担当者は交代」という選択肢が取れる形にしておきます。この選択肢がないと、担当者を替えたいという理由で案件が打ち切られたり、案件を続けたいという理由で担当者が固定されたりします。

3. 戻る場所

撤退した担当者の配置先を、案件の開始時に決めます。具体的には、次の3点を起案の承認文書に含めます。

  1. 撤退した場合に戻る部署と、想定する役割の水準
  2. 在籍中の評価をどの基準で行うか(案件の売上ではなく、判定に必要な検証を期限内に終えたか)
  3. 次の案件に応募できるまでの期間

戻り先を空白にしたまま挑戦を募ると、応募するのは異動しても失うものが少ない層に偏ります。逆に戻り先が明示されていれば、既存事業で実績のある人材が応募できるようになります。

撤退した後の扱いで、次の起案者の数が決まる

撤退の経験者は、次の案件で同じ前提を置こうとしたときに止められる、数少ない人材です。その扱いは、社内に対する最も強いメッセージになります。

  • 記録を残す。 何を正しいと仮定し、どの数値でいつ崩れたかを書き残します。振り返りを追及の場にしない設計は撤退の振り返りを責任追及にしないポストモーテム設計で扱っています。
  • 再配置を早く行う。 撤退から配置までの期間が長いほど、その人が処遇の面で不利になったと社内に伝わります。
  • 次の起案の審査に入れる。 撤退を経験した人を審査側に置くと、起案の前提の甘さが早い段階で指摘されます。

運用でつまずく3か所

社長や役員が起案した案件が例外になる。 判定を起案者から切り離す仕組みを先に作らない限り、この例外は必ず生まれます。判定の担当を経営企画などに置き、判定結果が起案者の同意なしに経営会議へ上がる経路を、案件の開始前に決めます。

任期の途中で担当者が既存事業に呼び戻される。 新規事業の担当を兼務にすると、繁忙期に既存事業が優先されます。兼務にするのであれば、配分する時間の下限と、それを守れなかった場合の扱いを決めておきます。

撤退の判定が、担当者の評価面談と同じ時期に行われる。 事業の判定と人の評価が同じ月に重なると、担当者は判定の時期をずらそうとします。判定の時期を評価の期とずらすだけで、報告の遅れは減ります。

まとめ

イントレプレナーを増やすために設計するのは、選抜と研修ではなく、終わり方です。

  1. 案件の撤退ラインは、数値の水準より先に判定の期限を決める
  2. 担当者の任期を案件の寿命と切り離し、案件継続のまま交代できる形にする
  3. 撤退時の戻り先と評価基準を、起案の承認文書に含める
  4. 撤退経験者を記録の作成と次の起案の審査に回す

事業ポートフォリオ全体の中での位置づけは事業ポートフォリオ最適化と戦略的撤退の意思決定を参照してください。