不正のトライアングルとは、「動機(プレッシャー)」「機会」「正当化」の三つがそろったときに、人は不正に及びやすくなるという考え方です。ACFE(公認不正検査士協会)の解説によると、横領をした人を研究した犯罪学者ドナルド・クレッシーの研究から生まれ、不正の理由を説明する考え方として最も広く受け入れられています。会社にとって大切なのは、三つのうちどれに手を入れやすいかを見極めることです。個人の内面にかかわる動機や正当化と違い、機会は業務の手順と権限の設計で直接減らせます。この記事では、3要素の意味と職場での例、要素ごとの対策、自社の点検表を整理します。
不正のトライアングルの3要素
ACFEの「Fraud 101: What is Fraud?」は、クレッシーの説明として、他人に打ち明けられない金銭上の問題、認識された機会、正当化の三つがそろうと、不正に及ぶ可能性が高くなると紹介しています。日本では金融庁の内部統制の実施基準(2023年改訂)が、不正に関するリスクの評価で「動機とプレッシャー、機会、姿勢と正当化」を考慮することに触れています。
| 要素 | 意味 | 職場での例 | 会社が打てる手 |
|---|---|---|---|
| 動機(プレッシャー) | 不正に手を伸ばしたくなる事情 | 達成の難しい売上目標、借金や生活の苦しさ、失敗を言い出せない雰囲気 | 目標の設計、相談の窓口、評価の仕組み |
| 機会 | 不正をしても見つからないと思える状態 | 一人で発注から支払までできる、照合されない、権限が退職後も残る | 職務の分担、照合、権限の管理、記録 |
| 正当化 | 自分の行為を許してしまう理屈 | 「一時的に借りるだけ」「会社は自分を正当に評価していない」「みんなやっている」 | 経営者の姿勢、ルールの明確化、処分の一貫性 |
三つのうち、動機と正当化は本人の事情や考え方にかかわるため、会社が外から直接変えるのは難しい面があります。機会は、業務の手順と権限の設計によって会社が直接減らせる要素です。
会社が手を入れやすい順
機会:最初に手を入れる
ACFEの「Occupational Fraud 2026」では、職業上の不正の半数以上が、内部統制が欠けていたか、既存の統制が無視されたことによって起きていました。予告なしの監査、経営者による見直し、データの定期的な監視を行っている組織では、被害が小さく、発見も早い傾向も示されています。承認・記録・資産の管理を分けるなど、機会を減らす具体策は社内の横領を防ぐ対策で手口ごとに整理しています。
動機:目標と評価の設計で和らげる
動機のうち、個人の生活の事情に会社が踏み込むことはできません。一方、過大な目標や、数字だけで決まる評価と報酬は、会社がつくる圧力です。報酬の設計で不正の圧力を和らげる方法は不正リスクとインセンティブの再設計で扱っています。
正当化:姿勢と一貫性で弱める
「みんなやっている」「このくらいは許される」という理屈は、ルールがあいまいなときや、違反しても何も起きない状態が続いたときに強まります。経営者自身がルールを守ること、違反への対応を人によって変えないことが、正当化の余地を小さくします。
自社の点検表
三つの要素ごとに、自社の状態を確かめる問いをまとめました。「いいえ」が多い要素から手を入れます。
| 要素 | 確かめる問い |
|---|---|
| 機会 | 発注・検収・支払を別の人が担当しているか |
| 機会 | 通帳・現金・在庫を、記録の担当以外の人が定期的に照合しているか |
| 機会 | 退職や異動のあと、権限がその日のうちに外れているか |
| 機会 | 予告なしの確認を年に一度以上行っているか |
| 動機 | 目標の達成度だけで報酬が大きく変わる仕組みになっていないか |
| 動機 | 失敗や数字の未達を上司に早めに相談できる経路があるか |
| 正当化 | 経費や接待などのルールが文書で決まっていて、経営者も守っているか |
| 正当化 | 過去の違反に対する対応が、立場によって違っていないか |
| 全体 | 社員が不正に気づいたときに通報できる窓口があるか |
ACFEの2026年の報告書では、不正をした人の84%に、少なくとも一つの行動上の兆候が見られました。兆候に気づいた社員が声を上げられる経路を持っておくことも、機会を減らす手段の一つです。
よくある誤解
「うちの社員は信頼できるから機会があっても大丈夫」:不正のトライアングルが示すのは、動機や正当化は外から見えにくく、状況によって変わるということです。採用したときに信頼できた人でも、生活の事情や職場の状況が変われば動機を抱えることがあります。機会を減らすのは、特定の人を疑うためではなく、誰が担当しても同じ確かめ方をするためです。
「研修で倫理観を高めれば足りる」:研修は正当化の理屈を弱めるのに役立ちますが、動機と機会には直接届きません。研修と、業務の手順や権限の見直しを組み合わせて初めて、三つの要素のそれぞれに手が届きます。
「不正のトライアングルは経理だけの話」:ACFEの2026年の報告書では、不正をした人の所属部署は、業務(オペレーション)と経理がそれぞれ13%、営業が10%で、経理以外の部署も多く含まれていました。お金や物、顧客の情報を扱う部署であれば、どこでも同じ枠組みで点検できます。
対策を進める手順
- 業務の流れを書き出す:お金と物が動く業務(受注、発注、支払、経費、在庫、給与)について、誰が承認し、記録し、管理しているかを書き出します。
- 機会の大きい箇所を特定する:一人で完結できる工程、照合されていない記録、使われていない権限を洗い出します。
- 機会から手を入れる:職務の分担、照合の予定、権限の見直しを決めます。
- 動機と正当化の要因を見直す:目標と評価の設計、ルールの明確さ、違反への対応の一貫性を点検します。
- 年に一度、点検表で確かめる:組織や業務が変われば機会も変わるため、定期的に同じ表で確かめます。
実行時の落とし穴
監視を強めすぎる:機会を減らすことと、社員を常に疑うことは違います。全員に同じ手順を当てはめ、特定の人だけを監視する形にしないことが、社員の反発を避ける前提になります。経費の承認の仕組みを整える具体例は経費精算の不正を防ぐで扱っています。
上位者の不正は仕組みの外にある:金融庁の実施基準は、内部統制の限界として、経営者が不当な目的で統制を無視することを挙げています。上位者による不正には、職務の分担だけでは届きません。取締役会や監査役による監督、社外に届く通報の経路とあわせて考えます。
出典
- ACFE「Fraud 101: What is Fraud?」(2026年10月閲覧) https://www.acfe.com/fraud-resources/fraud-101-what-is-fraud
- ACFE「Occupational Fraud 2026: A Report to the Nations」(2026年) https://legacy.acfe.com/report-to-the-nations/2026/
- ACFE「Occupational Fraud 2026: A Report to the Nations」Key Findings(2026年) https://www.acfe.com/-/media/files/acfe/pdfs/rttn/2026/infographics/key-findings.pdf
- 金融庁 企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年) https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230407/20230407.html




