社内の横領を防ぐ対策の基本は、一つの取引について「承認する人」「記録する人」「お金や物を管理する人」を分け、記録と実物(通帳・現金・在庫)を定期的に照合し、予告なしの確認を入れることです。金融庁の内部統制の実施基準(2023年改訂)も、承認・記録・資産の管理を別の者に担当させて相互に牽制させることを職務分掌の例として示しています。ACFE(公認不正検査士協会)の「Occupational Fraud 2026」では、資産の横領は調査した不正の90%を占め、被害額の中央値は10万ドルでした。担当者を信頼することと、確かめる仕組みを持つことは両立します。

横領が起きる構造

横領は、特定の社員の性格だけで起きるものではありません。不正の理論として知られる「不正のトライアングル」は、動機(プレッシャー)、機会、正当化の三つがそろうと不正が起きやすくなると説明します。このうち会社が仕組みで直接減らせるのは「機会」です。理論の詳しい中身は不正のトライアングルとはで解説しています。

ACFEの2026年の報告書には、仕組みの側の弱さを示す結果が並んでいます。

  • 不正の半数以上は、内部統制が欠けていたか、上位者に無視されていたことによるものでした
  • 典型的な不正は、発見されるまでに12か月続いていました
  • 従業員100人未満の組織は、被害額の中央値が12.6万ドルと、規模別で最も大きくなっていました
  • 予告なしの監査、経営者による見直し、データの定期的な監視を行っている組織では、被害が小さく、発見も早い傾向がありました

少人数の会社ほど一人が多くの業務を兼ね、確認が抜けやすいことが、被害の大きさにつながっていると考えられます。

手口別の点検表

横領の手口と、それを防ぐ確認の例を表にまとめました。ACFEの報告書で最も多かった手口は、現金以外の資産(在庫や備品など)の窃取(23%)と、架空や水増しの請求(21%)でした。

手口起きやすい状態防ぐ確認
現金の抜き取り売上金や小口現金を一人で数えて保管している数える人と記録する人を分ける。残高を上位者が抜き打ちで数える
預金の不正な振込振込データの作成と承認を同じ人が行う作成と承認を分ける。通帳や入出金明細を経理以外の人が月次で確かめる
架空・水増しの請求発注・検収・支払を同じ人が担当する発注、検収、支払を別の人にする。新しい取引先の登録は別の人が承認する
在庫・備品の持ち出し在庫の記録と保管を同じ人が担う棚卸を保管担当以外の人が行う。差異の理由を記録する
経費の水増し上司の承認が形だけになっている領収書と申請の突き合わせの基準を決める。一定額以上は経理が確かめる
給与の水増し給与計算と人事情報の変更を同じ人が行う人事情報の変更と給与計算を分け、変更の一覧を上位者が確かめる

経費の手口は経費精算の不正を防ぐで、承認の手順とあわせて詳しく扱っています。

対策を組み立てる手順

  1. お金と物の流れを書き出す:売上の入金、支払、現金、在庫、給与のそれぞれについて、誰が承認し、誰が記録し、誰が管理しているかを書き出します。
  2. 一人に集まっている箇所を分ける:同じ人が承認・記録・管理のうち二つ以上を担っている箇所から分けます。職務の分け方の全体は職務分掌とは|職務分掌表と規程の作り方にまとめています。
  3. 照合の予定を決める:通帳と会計記録、現金の残高、在庫と帳簿を、誰がいつ突き合わせるかを決めます。
  4. 予告なしの確認を入れる:定期の照合に加えて、上位者が予告なしに現金や通帳を確かめる機会を設けます。
  5. 異常の兆しを拾う:同じ取引先への支払の急増、端数のそろった金額、取消や修正の多い担当などを、会計のデータから定期的に抜き出して見ます。

人が足りない会社での手当て

少人数の会社では、承認・記録・管理を完全に分けられないことがあります。その場合は、後から確かめる手順で補います。

  • 経理担当が一人なら、社長や役員が月に一度、通帳の原本(またはネットバンキングの明細)と会計の記録を自分で突き合わせる
  • ネットバンキングは、振込の作成と承認の権限を別のアカウントに分ける
  • 税理士など外部の専門家に、月次の記帳の段階で気になる取引を指摘してもらう

疑いが出たときの初動

照合で差異が見つかったり、社員から相談があったりしたときは、最初の数日の動き方が、その後の調査と回収を左右します。

  1. 知る人を絞る:疑いを知る人を、調査にかかわる最小限の人に限ります。本人や関係者に伝わると、記録が消されるおそれがあります。
  2. 記録を保全する:会計の記録、通帳や入出金明細、請求書、システムの操作記録を、手を加えずに確保します。
  3. 被害の拡大を止める:支払や振込の権限を、調査の間だけ別の人に移すなど、新たな被害が出ない措置をとります。
  4. 専門家に相談する:本人への聴取、処分、刑事告訴、損害の回収は、進め方を誤ると後で争いになるため、弁護士に相談してから進めます。

初動で慌てて本人を問いただすと、事実を確かめる手段を失うことがあります。手順を事前に決めておくことも、仕組みの一部です。

実行時の落とし穴

共謀と上位者による無視は防げない:金融庁の実施基準は、内部統制の限界として、二人以上の共謀と、経営者が不当な目的で統制を無視することを挙げています。ACFEの報告書でも、3人以上がかかわった不正の被害額の中央値は32.4万ドルで、1人の場合の5.5万ドルを大きく上回りました。職務を分けたうえで、通報の経路を持っておくことが欠かせません。同族経営で上位者の公私の区別があいまいな場合の手当ては同族経営の公私混同を解消する組織ガバナンス再設計で扱っています。

確認の担当が形だけになる:照合する人が中身を見ずに印を押すだけになると、分けた意味がなくなります。照合の記録に、何と何を突き合わせたかを書く欄を設けます。

横領の疑いが出たときの調査、処分、刑事告訴、損害の回収は、弁護士に相談して進めてください。

出典