キャリアパスは、等級の段数を決め、段ごとに「任される仕事・求める能力・上がる条件」を1枚の表に書き、それを評価と面談で毎期使う、の順で作ります。社員が「将来が見えない」と言うとき、足りないのは役職の数ではなく、今の段と次の段の違いが文章になっていないことです。厚生労働省は業種・職種ごとの能力を4つのレベルで整理した「職業能力評価基準」を公開しており、ゼロから書かずに下敷きにできます。この記事では、見本の表と作る手順を先に示し、後半で「作ったのに使われなくなる理由」と直し方を扱います。
キャリアパスが見えないと言われる構造
社員の側から見ると、キャリアパスが見えない状態は次の3つが重なって起きます。
- 段の違いが言葉になっていない:主任と係長の違いを聞かれて、上司ごとに答えが違う
- 上がる条件が上司の頭の中にしかない:昇格が決まってから理由を知らされる
- 今の自分の位置を伝える場がない:評価の結果は届くが、次の段までに何が足りないかは話されない
厚生労働省「能力開発基本調査」(令和7年度)では、人材育成に「問題がある」と答えた事業所が80.1%あり、その内訳では「指導する人材が不足している」59.5%に次いで「人材を育成しても辞めてしまう」が51.6%でした。同じ調査で、正社員に対するキャリアコンサルティングを行う仕組みがある事業所は48.4%にとどまります。育てても辞められる、という悩みの手前に、育つ道筋と対話の場が用意されていない状態があると読めます。
若手が伸びる環境を仕事の渡し方から見直す考え方は、若手がすぐ辞める対策に業務軽減は逆効果。成長を促す環境設計でも扱っています。
キャリアパスの見本表と判断材料
見本:一般職種の4段のキャリアパス
厚生労働省の職業能力評価基準は、責任・役割の大きさと難しさでレベル1〜4に分け、そのレベルを使った標準的な育成の道筋を「キャリアルート」として示しています。これを下敷きにした、中小企業向けの見本です。
| 段 | 呼び名の例 | 任される仕事の範囲 | 求める能力 | 次の段へ上がる条件の例 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 担当 | 指示と手順書に沿って定型業務を行う | 手順を守る・分からないことを聞ける | 担当業務を一人で回せる期間が続いている |
| 2 | 主任 | 担当業務を自分の判断で回し、後輩に教える | 例外への対応・後輩への指導 | 後輩1人が独り立ちするまで指導した実績 |
| 3 | 係長・リーダー | 小さなチームの業務配分と品質に責任を持つ | 業務の割り振り・改善の提案と実行 | 担当範囲の改善を1件以上、最後までやり切った |
| 4 | 課長・専門職 | 部門の目標と人員、または高度な専門領域に責任を持つ | 計画・部下の評価、または専門判断 | 部門の計画を立て、1年間運用した |
段を「役職」ではなく「任される仕事の範囲」で定義しているのが要点です。役職の席が空かなくても、段3の仕事を任せて段3に格付けすることができます。
自社で作る前のチェックリスト
- □ 段ごとの違いを、上司が同じ言葉で説明できるか
- □ 上がる条件が「頑張っている」ではなく、確かめられる行動や実績で書かれているか
- □ 職種によって段4の中身が違う場合、管理職の道と専門職の道を分ける必要があるか
- □ 段と賃金の関係を、就業規則・賃金規程と矛盾なく示せるか
- □ 期ごとの評価と面談で、この表を実際に開く場面があるか
職業能力評価基準の使いどころ
職業能力評価基準は56の業種について作られており、職種→職務→能力ユニット→能力細目の順に、仕事に必要な知識・技術と「成果につながる職務行動例」がまとめられています。16の業種には、段の道筋を図にした「キャリアマップ」と、自己評価・上司評価に使える「職業能力評価シート」も用意されています。自社の業種に近いものを選び、自社に無い仕事を削り、言葉を社内の呼び方に置き換えるだけで、表の「求める能力」の列の下書きになります。
キャリアパスの作り方の手順
手順1:段の数を決める 社員数と職種の数から、3〜4段で始めます。段を細かく切るほど違いを言葉にしにくくなり、運用が止まります。
手順2:段ごとの職務定義を書く 上の見本表の「任される仕事の範囲」「求める能力」を、職種ごとに書きます。今その段にいる社員の実際の仕事を並べ、共通する部分を抜き出すと現実に合った定義になります。
手順3:上がる条件を、確かめられる形にする 「リーダーシップがある」ではなく「後輩1人の独り立ちまでを指導した」のように、評価者が事実で確かめられる条件にします。評価基準の言葉を行動に落とす方法は、評価基準の曖昧さを解消する行動要件の言語化プロセスが参考になります。
手順4:管理職以外の道を決める 専門性で段4に上がる道を用意するかを決めます。用意しない場合は、管理職を望まない社員の上限が段3になることを、あらかじめ説明できるようにしておきます。
手順5:賃金・評価・面談とつなぐ 段と賃金の幅を対応させ、期ごとの評価シートの項目を表の「求める能力」と揃えます。面談では「今の段」「次の段までに足りないこと」「次の期に任せる仕事」の3点を話します。常時10人以上の労働者がいる事業場は、賃金の決定・昇給に関する事項を就業規則に定める必要があるため(労働基準法第89条)、変更の手続きは社会保険労務士や労働基準監督署に確認してください。
手順6:社員に公開し、1年後に見直す 表は全社員が見られる場所に置きます。1年運用したら、昇格した人・しなかった人の理由を並べ、条件の書き方がずれていないかを確かめます。
キャリアパスが回らなくなる理由と直し方
作った表が使われなくなる理由は、ほぼ次の4つです。
| 回らなくなる理由 | 起きること | 直し方 |
|---|---|---|
| 表と評価シートの項目が別物 | 面談で表を開く理由がなく、翌年には誰も見ない | 評価シートの項目を表の「求める能力」から作り直す |
| 上がる条件が抽象的 | 上司ごとに解釈が分かれ、昇格の説明がつかない | 条件を行動・実績で書き直し、過去の昇格者で当てはまるか試す |
| 段3より上の席が埋まっている | 条件を満たしても上がれず、表への信頼が落ちる | 段を役職と切り離し、仕事の範囲で格付けする |
| 表が一度作って終わり | 事業が変わり、定義が実態とずれる | 年1回、昇格の実績と照らして書き直す日を決めておく |
もう一つの落とし穴は、キャリアパスを「社員が自分で考えるもの」として渡し切ってしまうことです。道筋を示したうえで、上司が次に任せる仕事を決めて渡さない限り、段は上がりません。育成を本人任せにしない設計は、キャリア自律という名の「放置」を防ぐ、戦略的育成の設計で詳しく扱っています。
離職と定着を扱うほかの記事は、人事・評価にまとめています。
出典
- 厚生労働省「令和7年度 能力開発基本調査」(2026年) https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00233.html
- 厚生労働省「職業能力評価基準について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/ability_skill/syokunou/index.html
- 厚生労働省「職業能力評価基準の構成」 https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001018939.pdf
- e-Gov法令検索「労働基準法」第89条 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049




