部門ごとにSaaSが増え、顧客情報は営業支援ツールと会計ソフトとスプレッドシートに分かれている。月末になると、誰かが3つを突き合わせて数字を合わせている。
この状態を「ツールが多すぎる」と捉えて数を減らそうとすると、たいてい失敗します。問題はツールの数ではなく、同じデータの正本がどこにあるかが決まっていないことだからです。
本記事では、SaaSが乱立する構造、統合すべきものとそうでないものの判断基準、そして進め方を整理します。
乱立は「数」ではなく「重なり」で判定する
最初に定義を揃えます。SaaSの数が多いこと自体は問題ではありません。部門の業務に合った専用ツールを使うほうが、生産性は上がります。
問題になるのは、次の状態です。
| 状態 | 具体的に起きていること | 乱立か |
|---|---|---|
| ツールは多いが、扱うデータが重ならない | 経理は会計ソフト、人事は勤怠システム。互いに参照しない | 問題なし |
| 同じデータを複数のツールに入力している | 顧客情報をSFAにも請求システムにも手で入れている | 乱立 |
| 同じ指標の数字が部署ごとに違う | 受注額が営業部と経理部で一致しない | 乱立 |
| 誰が何を契約しているか把握できない | 退職者のアカウントが残っている、同種のツールが部署ごとにある | 乱立 |
判定の問いは2つで足ります。
- 同じ情報を、2つ以上のツールに人が入力している箇所はあるか
- 部署間で、同じ名前の数字が一致しないことはあるか
どちらかが「ある」なら、数に関係なく乱立しています。
なぜ乱立するのか——3つの構造
構造1:調達が部門の予算で完結する
SaaSは初期費用が小さく、月額も部門の裁量で決裁できる金額に収まることが多くあります。そのため、情報システム部門を通らずに契約できます。
この仕組み自体は悪くありません。現場が必要なツールを速く入れられるのは利点です。問題は、契約時に「このツールはどのデータを扱い、それは他のどこと重なるか」を誰も確認しないことです。
構造2:正本データの置き場が決まっていない
顧客、取引、商品、社員。これらのデータには、本来「正しい値はここにある」という正本が1つあるべきです。
正本が決まっていないと、各ツールがそれぞれ自分のデータを持ち、どれが正しいかを判断するための手作業が発生します。月末の突合、会議での数字の食い違い、転記作業は、すべてここから生まれています。
構造3:連携を後回しにして導入する
新しいツールを入れるとき、「まず使い始めて、連携は後で考える」という進め方になりがちです。そして後で考えることはほぼありません。
結果として、連携されないまま運用が固まり、人が手でつなぐ作業が業務として定着します。一度定着した手作業は「いつものやり方」になり、問題として認識されなくなります。
統合すべきもの、すべきでないもの
乱立への対処として「全社で1つのツールに統一する」は、多くの場合うまくいきません。統合の対象を分けて考えます。
| 対象 | 統合すべきか | 理由 |
|---|---|---|
| 正本データの置き場(顧客・取引・商品・社員) | すべき | 複数あると、どれが正しいかの判断に工数がかかり続ける |
| 認証(ログインの入口) | すべき | 入退社のたびに全ツールのアカウントを手で管理することになる |
| 契約と費用の管理 | すべき | 把握できないツールは、解約もセキュリティ対策もできない |
| 個々の業務ツール(タスク管理、チャット、デザインなど) | 原則しない | 業務に合った専用ツールの利点を失う。使い勝手が落ちると別ツールが再び増える |
正本・認証・契約の3つを押さえれば、個々の業務ツールは増えても構いません。逆にこの3つが決まっていないと、ツールを減らしても乱立は再発します。
オールインワン型に寄せる場合の注意
「1つのツールで全部できる」製品に寄せる判断もあり得ます。ただし、各機能は専用ツールより弱いことが多く、現場が不足を補うために別のツールを契約し直すという形で乱立が再発します。
寄せるなら、対象は正本データを持つ中核機能に限定し、周辺業務は専用ツールを許容する設計にしてください。
進め方
全社一斉の統合プロジェクトは、1年以上かかり、その間に新しいSaaSが増えます。正本データを1種類ずつ決める形で、小さく区切って進めます。
| 段階 | やること | 完了の基準 |
|---|---|---|
| 1 | 契約中のSaaSをすべて洗い出す(経費精算の明細からも拾う) | 契約・費用・管理者の一覧がある |
| 2 | 各ツールが扱っているデータの種類を書き出す | 顧客・取引などの重なりが見えている |
| 3 | 最も重なりが多いデータを1種類選び、正本の置き場を決める | 「顧客情報の正本は◯◯」と文書化されている |
| 4 | 正本以外のツールは、正本から読む形に切り替える(連携または手作業の廃止) | そのデータの二重入力がなくなっている |
| 5 | 次のデータ種別で3〜4を繰り返す | 3か月ごとに1種類ずつ進んでいる |
段階1では、情報システム部門の管理台帳だけでは足りません。経費精算の明細と法人カードの利用履歴から拾わないと、部門が個別に契約したツールが漏れます。台帳の作り方はSaaS管理台帳の作り方で扱っています。
進めるときにつまずく4か所
現場の反発で止まる
「使い慣れたツールを取り上げられる」という反発は必ず出ます。
対処は、個々の業務ツールは取り上げないと最初に明言することです。統合するのは正本データの置き場であり、現場が使う画面ではない、という線引きを示すと、反発の大半は消えます。
連携の開発費で予算が尽きる
ツール間をすべてAPIでつなごうとすると、開発と保守の費用が膨らみます。
対処は、連携しないという選択肢を残すことです。正本から月1回エクスポートして読み込めば足りる業務まで、リアルタイム連携にする必要はありません。連携の頻度は、そのデータが変わる頻度と、古いデータで判断したときの損失の大きさで決めます。
標準化しないままツールを入れて、二重入力が残る
統合先のツールを決めても、業務のやり方が部署ごとに違ったままだと、現場は結局スプレッドシートで補います。ツールの導入前に業務の手順を揃えておく必要があります。詳しくはSaaSを入れたのに二重入力が残る理由で扱っています。
契約を禁止した結果、見えなくなる
乱立を止めようとして新規契約を禁止すると、経費精算や個人のカードで契約され、把握できないツールが増えます。対処の考え方はシャドーITは禁止すると増えるで扱っています。
まとめ
- 乱立は数ではなく、同じデータの重なりで判定します。二重入力と、部署間で一致しない数字があれば乱立です
- 原因は、部門で完結する調達、正本データの置き場が決まっていないこと、連携の後回しです
- 統合すべきは正本データ・認証・契約の3つ。個々の業務ツールまで1つにする必要はありません
- 全社一斉ではなく、正本データを1種類ずつ決める形で3か月単位に区切ります
- 現場のツールを取り上げない、すべてを連携しない、禁止で押さえない。この3点が止まらないための条件です
SaaSの費用面の管理はSaaSコストが増え続ける理由で扱っています。



