職務分掌とは、組織の中で誰がどの業務を受け持ち、どこまでの権限と責任を持つかを分けて定めることです。金融庁の企業会計審議会が2023年に改訂した内部統制の実施基準では、取引の承認・記録・資産の管理をそれぞれ別の者に担当させ、相互に牽制させることが職務分掌の例として示されています。作るときは、業務を洗い出してから職務分掌表で担当を割り振り、決められる範囲を職務権限表に分け、最後に規程の条文へまとめる順で進めます。ひな形を先に埋めると、実態と合わない表ができあがります。

職務分掌とは何か

職務分掌は「仕事の割り振り」を決めるもので、似た言葉と混同されやすい文書がいくつかあります。まず違いを押さえておくと、どの文書から作ればよいかが見えます。

文書決めること単位主な使い道
職務分掌表・職務分掌規程どの部署・役職がどの業務を受け持つか部署・役職担当の重なりと抜けをなくす
職務権限表(職務権限規程)誰がいくらまで・何を決裁できるか役職決裁の範囲をそろえる
職務記述書一人ひとりの職務内容と求める能力個人・ポジション採用・評価・配置
組織図部署の構成と指揮命令の線組織全体報告経路を示す

金融庁の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(2023年改訂)は、統制環境の要素として「権限及び職責」を挙げ、権限を「組織の活動を遂行するため付与された権利」、職責を「遂行すべき活動を遂行する責任ないし義務」と説明しています。職務分掌は、この権限と職責を業務ごとに具体的に割り当てる作業だと言えます。

職務分掌が必要になる理由

相互牽制が働く

同じ実施基準は、承認・記録・資産の管理を別の者に担当させることで相互牽制を働かせ、職務分掌を明確にすれば権限と職責が特定の担当者だけに集まる状態を防げるとしています。発注した人が検収も支払もできる状態では、誤りも不正も誰にも見つかりません。担当を分けるだけで、次の担当者が前の工程を確かめる形になります。

引き継ぎと採用が楽になる

業務と担当が書き出されていれば、異動や退職のときに何を引き継ぐかが明らかになります。どの業務を誰も持っていないかも見えるので、採用の要件を決める材料にもなります。

形だけになる規程に共通する構造

一方で、作ったのに誰も見ない職務分掌規程も少なくありません。原因の多くは次の三つです。

  • ひな形や他社の規程を写し、自社の業務を洗い出さないまま作った
  • 組織変更や担当交代のあとに更新されず、実際の担当とずれた
  • 規程を読んでも「この業務は誰の担当か」が一行で引けない書き方になっている

規程が実務で引けない文書になると、社員は規程ではなく慣行で動きます。規程が形骸化する理由と直し方は、コンプライアンス規程が機能しない理由と実効性の設計でも整理しています。

職務分掌表の項目と見本

職務分掌表は、業務を行に、部署や役職を列に置く形が引きやすく、よく使われます。担当の種類を記号で書き分けると、承認と実行が同じ人に重なっていないかを一目で確かめられます。

業務営業部購買担当経理担当部門長社長
見積書の作成実承
受注の登録実確承
発注書の作成実承
検収(納品物の確認)実
請求書の照合と支払データ作成実
支払の承認承
入金の消込実
経費精算の申請内容の確認確承

記号の例は、実=実行する、承=承認する、確=内容を確認する、です。この見本では、発注(購買担当)と検収(営業部)と支払(経理担当・社長)が別の人に分かれています。表を作ったら、同じ行に「実」と「承」が同じ人で入っていないか、確認の担当が空欄の行がないかを見ます。

職務分掌規程の条文例

職務分掌表を規程として定めるときは、条文は短くし、担当の中身は別表に回します。条文に業務を書き込むと、担当が変わるたびに規程の改定手続きが必要になり、更新が止まる原因になります。

第1条(目的)この規程は、各部署および各役職の職務の範囲を定め、業務の重複と遺漏を防ぐとともに、責任の所在を明らかにすることを目的とする。

第2条(職務の範囲)各部署および各役職が分掌する職務は、別表「職務分掌表」に定める。

第3条(兼務の制限)同一の取引について、承認、記録および資産の管理のうち二つ以上を同一の者に担当させてはならない。ただし、やむを得ない場合は、上位の役職者が事後に内容を確認する。

第4条(定めのない職務)別表に定めのない職務が生じたときは、管理部門長が担当部署を決め、次の改定時に別表へ加える。

第5条(改定)別表は、組織変更または担当の変更があったときに管理部門長が改定案を作り、社長の承認を得て改定する。

第3条のただし書きのように、人が足りず担当を分けきれない場合の手当てを最初から書いておくと、実態と規程のずれが起きにくくなります。

職務分掌表を作る手順

  1. 業務を洗い出す:部署ごとに、担当者へ「毎日・毎週・毎月やっている作業」を書き出してもらいます。規程のひな形から始めず、実際の作業から始めます。
  2. 業務の流れで並べる:受注から入金まで、発注から支払まで、のように一連の流れで並べると、承認・記録・資産の管理の区切りが見えます。
  3. 担当を割り振る:行ごとに実行・承認・確認の担当を入れます。同じ人が重なる行には印を付けます。
  4. 決裁の範囲を分ける:金額や内容によって承認者が変わる業務は、職務権限表に切り出します。金額基準の決め方は決裁権限の金額基準と事後監査の作り方も参考になります。
  5. 規程にまとめて周知する:条文は短くし、担当は別表で持ちます。改定の担当者と見直しの時期を決めます。

実行時につまずきやすい点

担当を分けきれない:少人数の会社では、支払データの作成と承認を同じ人が担うこともあります。その場合は、上位者が月に一度、通帳や会計の記録と支払の明細を照合するなど、後から確かめる手順を決めておきます。職務の分け方と不正の関係は社内の横領を防ぐ対策で詳しく扱っています。

組織図と食い違う:職務分掌表で決めた承認者が、組織図の上では別の部署の上司になっていることがあります。報告の線と承認の線がずれると、承認が遅れるか省かれます。組織図の側の整え方は組織図の作り方を参照してください。

更新の担当がいない:規程を作った人が異動すると更新が止まります。改定の担当者を規程に書き、組織変更の手続きの一部に職務分掌表の見直しを組み込みます。

上場準備や業界の規制で求められる水準は会社ごとに異なります。個別の要否は、顧問の公認会計士や弁護士に確かめてください。

出典

  • 金融庁 企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年) https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230407/20230407.html