複線型人事制度とは、管理職に上がる道のほかに、専門性を高めることで上がる道を用意し、それぞれの道で等級と賃金を決める仕組みです。管理職の席は限られ、管理職に向く人と専門の仕事で成果を出す人は同じではありません。管理職一本の制度では、昇進を断った人の処遇が止まり、辞める理由になります。作るときに決めることは、コースの数、専門職の段ごとに求める仕事の定義、賃金の幅、コースを移るときのルールの4つです。この記事では、単線型との比較と等級定義の見本を先に示し、後半で専門職コースが形だけになる理由と直し方を扱います。

管理職一本の制度で起きること

等級が上がるほど管理職の仕事が増える単線型の制度では、次のことが起きます。

  1. 専門性の高い人が昇進を断る:部下の管理より専門の仕事を続けたい人は、昇進を断るしかなくなります
  2. 断った人の処遇が止まる:上の段が管理職しかないため、経験を積んでも賃金が上がらなくなります
  3. 向いていない人が管理職になる:処遇を上げる手段が昇進しかないため、管理職に向かない人を昇進させることになります
  4. 管理職の席が埋まり、下の段も詰まる:席が空かない限り誰も上がれず、若手からも上が見えなくなります

厚生労働省の「職業能力評価基準」は、能力の段を「責任・役割の大きさと難しさ」で4つのレベルに分けています。部下の人数ではなく、任される仕事の大きさで段を決める考え方に立つと、管理職以外にも上の段を置けます。

複線型人事制度の判断材料

単線型と複線型の比較

観点単線型複線型
上の段に上がる道管理職の道だけ管理職の道と専門職の道
処遇が上がる条件部下を持つこと部下を持つか、専門の仕事の範囲と難しさが上がること
管理職の席が埋まったとき誰も上がれない専門職の道では上がれる
制度を作る手間小さい専門職の段ごとの定義を作る手間がかかる
向いている会社職種が1つで、管理職の席が十分ある技術職・専門職がいて、管理職を望まない人がいる

コースの種類

コース上の段で任される仕事設けることが多い会社
管理職コース部門の目標・人員・予算に責任を持つすべての会社
専門職コース高い専門性で難しい案件を担い、社内の判断基準をつくる技術・研究・設計・法務・経理などの職種がある
職務や勤務地を限定するコース限られた職務・地域の中で役割を担う拠点が複数ある、働き方の事情を抱える社員がいる

中小企業では、まず管理職コースと専門職コースの2本で始めるのが現実的です。

専門職コースの等級定義の見本

段任される仕事求める成果・行動の例
専門職1担当分野の難しい案件を一人で完結させる上位者の確認なしで対応できる案件の範囲が広い
専門職2担当分野で社内の最終判断を担い、後進を育てる判断の基準を文書にし、後進が同じ基準で判断できる
専門職3分野の方針を決め、社外との専門的な折衝を担う分野の方針を立て、経営の判断材料を出す

専門職の段は「詳しさ」ではなく「任される判断の範囲」で書くのが要点です。「知識が豊富」のような書き方では、上がる条件が上司の印象で決まります。

専門職の評価シートの項目例

評価の観点見る事実の例
担った案件の難しさ前例のない案件、判断の基準が社内にない案件を担ったか
判断の質担当分野での判断が、後から見直しを求められずに済んだか
基準づくり判断の手順や基準を文書にし、ほかの人が使える形にしたか
後進の育成後進が一人で対応できる範囲が広がったか
社外との関係取引先や専門家との折衝で、会社の立場を守れたか

管理職の評価項目(部下の育成、部門の目標達成など)をそのまま専門職に当てはめると、専門職は構造的に低く評価されます。項目は別に作ります。厚生労働省の職業能力評価基準には、一部の業種について自己評価・上司評価に使える「職業能力評価シート」があり、項目の下書きに使えます。

導入前のチェックリスト

  • □ 専門職の段ごとに、任される仕事と成果を確かめられる形で書けるか
  • □ 専門職の上位の段の賃金は、同じ段の管理職と比べて説明できるか
  • □ コースを移る条件と時期を決めたか
  • □ 専門職の評価を誰が行うか(管理職か、分野の上位者か)を決めたか
  • □ 今の社員をどのコースに格付けするか、本人と話す場を設けたか

複線型人事制度の導入手順

手順1:専門職コースが必要な職種を決める 管理職を望まずに専門の仕事で成果を出している人が、どの職種にいるかを洗い出します。

手順2:段ごとの定義と賃金の幅を決める 上の見本のように、任される判断の範囲で段を定義し、段ごとの賃金の幅を決めます。段の違いを行動や実績で書く方法は、キャリアパスの作り方|等級・職務定義・見本表で示す手順でも扱っています。

手順3:コース転換のルールを決める 年1回、本人の希望と上司の意見を聞き、転換を決めるなどの時期と手続きを決めます。転換で賃金が変わる場合の扱いも決めます。

手順4:就業規則・賃金規程を整え、社員に説明する 常時10人以上の労働者を使う事業場は、賃金の決定・昇給に関する事項を就業規則に定める必要があります(労働基準法第89条)。労働条件を不利益に変える部分がある場合、労働契約法は、変更の必要性や不利益の程度などに照らして合理的であり、変更後の就業規則を周知していることを求めています(第10条)。手続きは社会保険労務士や労働基準監督署に確認してください。

手順5:1年後に、コースごとの昇格と離職を確かめる 専門職コースで昇格した人がいるか、専門職コースから辞めた人がいないかを見て、定義と賃金の幅を直します。

専門職コースが形だけになる理由と直し方

形だけになる理由起きること直し方
管理職になれなかった人を専門職に入れる専門職コースが「外れた人の置き場」と受け取られる専門職コースに入る条件を、管理職と同じ厳しさで定義する
専門職の上位の段の賃金が低い優秀な人ほど管理職コースを選ぶか、社外に出る同じ段の管理職と比べた差を見直す
専門職の成果の定義がない評価が「頑張っている」で決まり、昇格しない段ごとに任される判断の範囲を文書にする
専門職に部下の仕事をさせる実質は管理職で、手当だけがない専門職の役割に部下の管理を含めないことを明記する

また、専門職を評価する人が分野を理解していないと、評価の中身が伴いません。分野の上位者が評価に加わる形にするか、評価の基準を分野の上位者と一緒に作ります。市場の賃金と社内の差が専門職の離職を生む構造は、「不満はないはず」のエース社員はなぜ辞める?社内給与と外部市場の価格差が生む経済合理性で扱っています。

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出典