営業の引き継ぎで顧客を失う原因は、多くの場合、担当者の頭の中にしかない情報が多く、引き継ぎ書に何を書くかが決まっていないことです。契約の内容や過去の取引の金額は記録に残っていても、「誰が決めているか」「何に不満を持っているか」「どんな約束をしているか」は、担当者しか知らないことがよくあります。引き継ぎは、①顧客を重要度で分けて優先順位を付ける、②決まった項目で引き継ぎ書を書く、③主要な顧客には一緒にあいさつに行く、④引き継ぎの後に確認の場を設ける、の順で進めます。普段から同じ項目で記録しておけば、急な異動や退職でも慌てずに済みます。

引き継ぎで顧客を失う構造

記録に残らない情報が多い

顧客の管理の記録には、会社名、連絡先、取引の金額などは残っていても、決裁の仕組み、関係者の人柄、過去のトラブル、口頭での約束などは残っていないことが多くあります。後任はそれを知らずに対応し、顧客に「前の担当者なら分かっていた」と思わせてしまいます。

引き継ぎの期間が短い

異動や退職が決まってから引き継ぎまでの期間が短いと、前の担当者は目の前の仕事を片付けるのに精一杯になり、引き継ぎ書は簡単なものになります。

顧客への連絡が遅れる

担当が替わったことを顧客に伝えるのが遅れると、顧客は前の担当者に連絡し、返事が無いことで不安を持ちます。担当の交代は、顧客が他社を検討し始めるきっかけにもなります。

顧客を分けて優先順位を付ける

限られた期間で全部の顧客を同じように引き継ぐことはできません。まず顧客を分け、引き継ぎの方法を変えます。

分類目安引き継ぎの方法
主要取引の大きい顧客、進行中の商談がある顧客、不満や課題を抱えている顧客前の担当者と後任で一緒にあいさつに行く。引き継ぎ書は詳しく書く
通常定期的に取引がある顧客前の担当者から連絡で交代を伝え、後任が改めて連絡する
休眠長く取引の無い顧客引き継ぎ書に記録を残し、後任が時期を見て連絡する

顧客の分け方の考え方は、顧客ランクの分け方で扱っています。

引き継ぎ書の項目

顧客ごとに、次の項目を書きます。項目を決めておくと、書く側も迷わず、読む側も必要な情報を探しやすくなります。

分類項目書くことの例
基本取引の内容と経緯いつから、何を、どのくらい。取引が始まったきっかけ
関係者決裁者・窓口・使う人名前、役職、それぞれの関心事、連絡の取り方の好み
進行中商談・見積・約束何を、いつまでに、誰に約束しているか
課題不満・トラブルの経緯過去に起きたこと、どう対応したか、残っている不満
機会今後の提案の可能性顧客が話していた計画、使っていない商品
注意対応で気をつけること連絡の時間帯、避けたほうがよい話題、社内の手続きの特徴

中でも大切なのは「進行中」と「課題」です。期限のある約束が抜けると、後任が知らないうちに約束を破ることになります。過去のトラブルを知らずに同じ対応をすると、顧客の不満が一気に大きくなります。

顧客へのあいさつの進め方

  1. 前の担当者から先に伝える:交代の時期と後任の名前を、前の担当者から電話かメールで伝える
  2. 主要な顧客には一緒に訪問する:前の担当者が後任を紹介し、進行中の件を 3 人で確かめる
  3. 後任から改めて連絡する:あいさつの後、後任から連絡先と、今後の対応の予定を伝える
  4. 最初の約束を確実に守る:交代の後の最初の約束(見積の回答・資料の送付など)は、期限より早く対応する

交代の直後の対応で、顧客は後任を信頼できるかを判断します。最初の約束を確実に守ることが、関係を保つための近道です。

異動と退職で変えること

同じ引き継ぎでも、異動と退職では進め方を変えます。

異動の場合は、前の担当者が社内に残るため、引き継ぎの後も質問ができます。引き継ぎの期間が短くても、主要な顧客のあいさつと進行中の約束を優先して済ませ、細かい経緯は後から聞く形で回ります。ただし、異動先の仕事が始まると質問に答える時間が取りにくくなるため、「異動から 1 か月は週に 1 回、30 分の質問の時間を取る」のように、期間と時間を決めておきます。

退職の場合は、最終日を過ぎると質問ができなくなります。引き継ぎ書は、退職の前に後任が読み、分からない点を質問し終えるところまでを期限にします。進行中の商談は、退職の前に後任と一緒に顧客と話す機会を作り、顧客に交代を自然に受け入れてもらえるようにします。退職する担当者が個人の携帯電話などで顧客とやり取りしていた場合は、会社の連絡先に切り替える案内を、退職の前に済ませておきます。

どちらの場合も、上長が引き継ぎの進み具合を確かめる役を担います。前の担当者と後任の二人に任せきりにすると、忙しさの中で引き継ぎが後回しになります。上長は、主要な顧客ごとにあいさつが済んだか、引き継ぎ書が書けたかを一覧で確かめます。

引き継ぎの後の確認

引き継ぎから 1 か月ほどたったら、上長と後任で、次の点を確かめます。

  • 主要な顧客とのあいさつが済んだか
  • 進行中の商談や約束に、抜けや遅れが無いか
  • 引き継ぎ書に無かった情報で、後から分かったことは何か

後から分かった情報は、引き継ぎ書に書き足します。前の担当者が社内にいる場合は、分からないことを聞ける期間を決めておくと安心です。

普段から引き継ぎやすくしておく

引き継ぎの質は、引き継ぎの期間ではなく、普段の記録で決まります。

  • 商談や打ち合わせの後に、決まったことと次の予定を顧客の記録に残す
  • 関係者が替わったら、その都度記録を直す
  • 口頭での約束も、日付と内容を記録に残す
  • 半年に 1 回、主要な顧客の引き継ぎ書を「今引き継ぐなら」という前提で見直す

日々の記録が続かない原因と、記録を定着させる方法は、SFA が定着しない原因と導入の進め方で説明しています。

実行時の落とし穴

引き継ぎ書を前の担当者だけで書く

前の担当者が書いた引き継ぎ書を後任が読むだけでは、後任が知りたいことが抜けます。書いた後に後任が読み、分からない点を質問する時間を必ず設けます。

顧客への連絡を後任に任せる

交代の連絡を後任だけに任せると、顧客は「なぜ急に知らない人から連絡が来るのか」と感じます。前の担当者から先に伝えることで、関係を引き継ぎやすくなります。

一人の担当者に顧客を集めすぎる

主要な顧客を一人の担当者だけが知っている状態では、その人が異動や退職をしたときの影響が大きくなります。主要な顧客には副の担当を置き、打ち合わせの一部に同席させておくと、引き継ぎの負担が小さくなります。