導入事例は、自社の商品やサービスを使った取引先の話を、見込み客が「自社の場合」に置き換えられる形で書いた資料です。構成は、導入前の課題、選んだ理由、導入の過程、導入後の変化、今後の予定の順に組むのが基本です。事例づくりが止まる原因の多くは、書き方ではなく段取りにあります。誰に頼むかが決まらない、社名や数字をどこまで出してよいかの合意が後回しになり公開の直前で止まる、といったことです。以下、事例に向く取引先の選び方、依頼から公開までの手順と依頼文の例、取材の質問項目、記事の構成の型、公開の前に確かめる点を順に説明します。

導入事例が作れない・読まれない構造

依頼の相手とタイミングが決まっていない

事例の候補を知っているのは、取引先と日々やり取りしている営業や導入支援の担当者です。マーケティングの担当者だけで候補を探そうとすると、誰に頼めばよいかが分からず、依頼が遅れます。導入が順調に進んでいる時期を逃すと、先方の担当者が異動していたり、導入当時の課題を思い出せなかったりします。

掲載の範囲の合意が後回しになる

取材を終え、原稿を送った段階で、先方の広報や法務の確認で社名や数字の掲載が認められず、公開が止まることがあります。掲載してよい範囲を、取材の前に合意していないことが原因です。

成果の数字だけが並んでいる

「作業時間が半分になった」といった結果だけを並べた事例は、読み手が自社でも同じことが起きるかを判断できません。読み手が知りたいのは、自社と似た会社が、どんな課題を抱え、なぜその方法を選び、どう進めたかです。

事例に向く取引先の選び方

候補の取引先を、次の点で確かめます。すべてを満たす必要はありませんが、当てはまる数の多い取引先から依頼します。

確かめる点理由
狙っている見込み客と、業種や規模が近い読み手が自社に置き換えやすい
導入前の課題を言葉にできる担当者がいる事例の中心になる「課題」を具体的に書ける
導入からある程度の期間がたち、変化を話せる導入直後では変化が語れない
社名や担当者名の掲載の決裁が取れそう公開の直前で止まりにくい
取引の関係が良好で、依頼を負担に感じにくい取材や原稿の確認に協力してもらいやすい

候補は、営業や導入支援の担当者に月に1回挙げてもらう仕組みにします。商談や定例の打ち合わせで「導入してよかった点」を話してくれた取引先を記録しておくと、候補を探す手間が減ります。

依頼から公開までの手順

段階やること主な担当
1. 候補を選ぶ上の表で候補を絞り、依頼の窓口になる人を決めるマーケティング・営業
2. 依頼する目的・掲載先・所要時間・確認の手順を伝える取引先の担当の営業
3. 掲載の範囲を合意する社名・ロゴ・氏名・写真・数字の掲載の可否を決めるマーケティング
4. 質問票を送る取材の前に質問の一覧を送り、社内で確認してもらうマーケティング
5. 取材する質問票に沿って話を聞く。録画・録音は了承を取るマーケティング
6. 原稿を確認してもらう確認の期限と、確認の回数の目安を伝えるマーケティング
7. 公開し、社内に共有する営業の資料やメルマガでの使い方を共有するマーケティング・営業

依頼文の例

依頼は、取引先と普段やり取りしている担当者から送ると、受け取る側の負担感が小さくなります。

いつも〇〇をご利用いただき、ありがとうございます。このたび、〇〇を導入いただいた経緯と、その後の業務の変化について、事例として当社のウェブサイトでご紹介させていただけないかと考え、ご相談させていただきました。

お話を伺う時間は1時間ほどを予定しております。社名やお名前、写真、数字をどこまで掲載するかは、事前にご相談のうえで決めさせていただき、公開の前には原稿をご確認いただきます。掲載を見送る、あるいは社名を伏せる形でのご協力も歓迎しております。

ご検討いただけますと幸いです。

掲載の範囲を決める項目

掲載してよい範囲は、次の項目ごとに先方と合意し、記録に残します。

項目選択肢の例
社名・ロゴ掲載する/業種と規模だけ示す
担当者の氏名・部署・役職掲載する/部署だけ/掲載しない
写真顔写真/職場の写真/使わない
数字実数/割合だけ/使わない
掲載先自社サイト/営業資料/展示会の配布物など
掲載の期間と取り下げ見直しの時期、先方から取り下げを求めるときの連絡先

取材の質問項目

質問は、記事の構成の順に並べておくと、取材の後にそのまま原稿を組めます。

段質問の例
会社と担当の紹介どんな事業をしているか。担当している業務は何か
導入前の課題何に困っていたか。そのときはどう対処していたか。放っておくと何が困ったか
比較と選定ほかにどんな方法を検討したか。最終的に選んだ決め手は何か。導入の前に不安だった点は何か
導入の過程社内でどう説明し、合意を取ったか。立ち上げで苦労した点と、どう乗り越えたか
導入後の変化業務の進め方で何が変わったか。数字で言える変化はあるか。それはどう確かめたか
今後次に取り組みたいことは何か。同じ悩みを持つ会社に伝えたいことは何か

「導入の前に不安だった点」と「立ち上げで苦労した点」は、必ず聞きます。見込み客が抱えている不安そのものであり、それをどう解いたかが、読み手の判断の材料になるためです。

記事の構成の型

事例の記事は、次の型で組みます。

  1. 題:「〇〇(業種)が、〇〇(課題)を〇〇で解決した取り組み」のように、業種と課題を先に置く
  2. 概要:会社の概要、導入前の課題、導入したもの、導入後の変化を、冒頭に3〜4行でまとめる
  3. 導入前の課題:困っていたこと、それまでの対処、放置したときの影響
  4. 選んだ理由:比較した方法と、決め手、導入の前の不安
  5. 導入の過程:社内の合意の取り方、立ち上げの工夫
  6. 導入後の変化:業務の変化と、先方が確かめた数字
  7. 今後:次の取り組み、同じ悩みを持つ会社への一言

数字を書くときは、期間と比べた条件を添えます。「導入の前の3か月と後の3か月の比較」のように書けば、読み手がその数字の意味を判断できます。

公開の前に確かめること

数字を実態より良く見せない

一般消費者に向けた商品やサービスの事例で、効果を実際より著しく優良であるかのように示すと、景品表示法の優良誤認表示(同法第5条第1号)に当たるおそれがあります。先方が確かめた数字だけを使い、条件のそろった比較であることを示します。うまくいった取引先の結果を、誰にでも同じ結果が出るかのように書かないことが基本です。

お客様の声の引用の仕方

消費者庁のステルスマーケティングに関するQ&Aは、自社のウェブサイトにアンケートの回答を「お客様の声」として引用する場合、無作為に選んだ回答をそのまま引用するなら「事業者の表示」に当たらないが、好意的な評価だけを選んだり、良い点だけを抜き出したりする場合は「事業者の表示」に当たり、そのことを明瞭にしなければ告示に違反すると説明しています(消費者庁「ステルスマーケティングに関するQ&A」問10)。導入事例は、自社が取引先を選び、編集した自社の表示です。自社のサイトの事例のページとして、自社の名前で出し、第三者の記事や投稿の形で広める場合は広告であることを示します。

作って終わりにする

事例は、公開しただけでは見込み客の目に触れません。営業の提案書、商談後のお礼のメール、メルマガなど、見込み客との接点に組み込みます。見込み客の業種や課題ごとに、どの事例を渡すかの対応表を作ると、営業の担当者が使いやすくなります。

公開後の見直しを決めていない

先方の担当者の異動や、取引の内容の変化で、事例の中身が古くなることがあります。公開の時点で見直しの時期を決め、先方から取り下げや修正を求められたときの連絡先と手順を、合意の記録に含めておきます。

事例を見込み客の育成の流れの中でどう使うかは、リードナーチャリングの進め方と施策の選び方で説明しています。事例の公開を外部に知らせる場合は、プレスリリースの構成と書き方も参考になります。取材で課題や選定の理由を聞く技術は、失注分析での理由の聞き方と分類と共通する部分があります。

出典

まとめ

  • 導入事例は、課題・選んだ理由・過程・変化・今後の順に、読み手が自社に置き換えられる形で書きます
  • 候補は営業や導入支援の担当者から定期的に挙げてもらい、業種や規模が見込み客に近い取引先から頼みます
  • 社名・氏名・写真・数字の掲載の範囲は、取材の前に合意して記録に残します
  • 「導入の前の不安」と「立ち上げの苦労」を必ず聞きます
  • 数字は先方が確かめたものを条件つきで使い、事例は営業の資料やメルマガに組み込んで使います